「撃」
正字(旧字体)は「擊」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は毄。毄は上部を括った橐(叀ケイ、ふくろ)を殳(杖のような長い矛)でたたく形。穀物の殻を取って脱穀するとき、橐の中に穀物を入れてたたくのである。毄が橐の中の物をたたく、うつの意味となり、擊のもとの字であるが、毄の下に手を加えて、うつという行為をより明確にした」

[考察]
字形の解剖に疑問がある。427「恵」の項で叀を「上部を括った橐の形」としているが、毄の左側は明らかに「車+口」であって叀とは似ていない。『説文解字』では軎は轊エイ(車軸の頭部)の異体字としている。「車+〇」をあわせた軎は轂(こしき、ハブ)を突き抜ける車軸の頭(車軸を止める装置)を暗示させる図形である。したがって毄は「軎+殳」と解剖すべきである。『説文解字』に「毄は相撃ち中てるなり。車相撃つが如し。故に殳に従ひ、軎に従ふ」と説明している。極めて素直な解釈である。
白川は字形から意味を引き出そうとして、字形の解剖を誤り、毄は「袋の中の物をたたく、うつ」という意味だと解釈した。誤りに誤りを重ねた。
意味は字形にあるのではなく、言葉にある。言葉の具体的な文脈における使い方にある。擊は古典に次の用例がある。
 原文:擊鼓其鏜 踊躍用兵
 訓読:鼓撃つこと其れ鏜トウたり 踊躍して兵を用ゐる
 翻訳:合図の太鼓をドンと撃つと 勇み立って武器を取る――『詩経』邶風・撃鼓

撃は固いものを打ち当てる(ぶつける・たたく)の意味で使われている。これを古典漢語でkek(呉音ではキャク、漢音ではケキ)という。これを代替する視覚記号が擊である。固いものと固いものがぶつかる(固いものどうしをぶるける)ことがkekである。この行為を表象するために車にまつわる場面が設定された。轂(こしき、ハブ)から車軸が出るが、車軸を止めるものが軸止め(轄、くさび)である。軸止めが轂とぶつかって音を出すことがある。このような情景を図形に仕立てたのが毄である。これは「軎+殳」と分析する。軎は「車+〇」で、車軸の頭を示す符号。殳はたたくなどの行為を示す限定符号。したがって毄は車軸の頭(軸止め)が轂に触れてぶつかる情景を設定した図形。「毄ケキ(音・イメージ記号)+手(限定符号)」を合わせた擊は、具体は一切捨象して、固いものどうしがぶつかることを暗示させる。この意匠によって①の意味をもつkekを表記するのである。