「欠」
旧字体は「缺」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は夬。夬は一部が欠けた円い玉を手(又)に持っている形。缶はほとぎ(土器)。土器は欠けやすいものであるから、缺は器物が欠けるの意味となる」

[考察]
字形から意味を求めるのが白川漢字学説の方法である。夬(一部が欠けた玉を手に持つ)+缶(土器)→器物が欠けるという意味を導く。
缺は「器物が欠ける」という意味だろうか。古典では缺は次のように使われている。
 原文:既破我斧 又缺我錡
 訓読:既に我がを破り 又我が錡を欠く
 翻訳:わが軍は斧も壊れ さらにのみの刃も欠けた――『詩経』豳風・破斧

缺は一部が欠けるという意味で使われている。「器物が欠ける」などの限定的な意味ではない。図形的解釈をストレートに意味とすると、意味に余計な意味素が混入する。「器物が」は余計な意味素である。白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべて会意的に説くから、このような意味の取り損ねを招く。言葉という視点に立ち、言葉の深層構造を求めるのが重要である。言葉の深層構造から意味を究明するのが形声の説明原理である。
言葉という視点から缺とはどんな記号かを探求しよう。
「一部が欠ける」という意味の古典漢語がk'iuat(呉音ではケチ、漢音ではケツ)である。これを代替する視覚記号が缺である。これはどんな意匠をこめた図形か。「夬カイ(音・イメージ記号)+缶(限定符号)」と解析する。夬は快・決・抉・訣などの基幹記号であり、これらの意味の深層にあるイメージ、すなわちコアイメージを示す記号である。夬は「⊐形を呈する」「⊐形にえぐり取る」というイメージを示す(452「決」、149「快」を見よ)。缶は酒や水を入れる器(ほとぎ)の意味で、土器などに関わる限定符号に用いられる。限定符号は図形的意匠作りのための場面設定の働きもする。したがって缺は土器の一部が⊐形にえぐられて欠ける情景を設定した図形である。この図形的意匠によって上記の意味をもつk'iuatを表記する。