「決」

白川静『常用字解』
「形声。音符は夬。夬は一部の欠けた玉を手(又)に持っている形。これを腰に下げてものを切るときに使用した。溜まった水を一部を切って流すことを決といい、決に“きる” の意味がある。川の氾濫を防ぐため、堤防の一部を決する(切る)ことがあった」

[考察]
「これを腰に下げてものを切る」とあるが、これというのは一部の欠けた玉であろうか。しかし夬に一部の欠けた玉という意味はない。また決について、「氾濫を防ぐため、堤防の一部を切る」というが、氾濫を防ぐだけが目的ではなく、水が氾濫して堤防を破壊する(決壊する)ことも決という。だから目的とは関係がなく、「(水または人が)堤防を切り分ける」ことが決である。
意味の展開の説明にも疑問がある。「堤防を決することは決断を必要とする重大なことであるから、決は心に決きめるの意味となる」という。決断も「きめる」の意味だから、転義の説明になっていない。
言葉の意味の展開(転義現象)はコアイメージによることが多い。コアイメージを捉えることによって、意味展開は合理的に説明できる。
白川漢字学説は言葉という視点がなく、深層構造を探るという発想(あるいは語源的発想)がない。意味論的な分野に弱いのは当然であろう。字形だけを扱う文字学(字形学)は限界がある。
言葉という視点から決を見直してみよう。まず古典における決の用例を見る。
①原文:大決所犯、傷人必多。
 訓読:大いに犯す所を決すれば、人を傷つくること必ず多し。
 翻訳:洪水が突き破ろうとする所を決壊すると、多くの人を傷つけてしまう――『春秋左氏伝』襄公三十一年
②原文:目不明則不能決黑白之分。
 訓読:目明らかならざれば則ち黒白の分を決する能はず。
 翻訳:目が見えないと白黒の区別を見分けられない――『韓非子』解老

①は堤防を二つに切って分ける、また、堤防が切れる意味、②は二つに分けてどちらかに定める意味に使われている。この意味をもつ古典漢語がkuăt(呉音ではクヱチ、漢音ではクヱツ)である。これを代替する視覚記号として決が考案された。これは「夬カイ・ケツ(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。夬がコアイメージを示す基幹記号である。夬を分析すると「|(縦棒)+コ+又(手)」となる。指をコ形に曲げて縦棒に引っ掛けるもの、つまり弓を引くのに用いる「ゆがけ」という道具を表している。夬は「ゆがけ」の意味がある。しかし実体に重点を置かず、形態や機能に重点を置く。ゆがけを弦に引っ掛ける姿がコ形を呈し、また指をコ形に曲げてえぐる動作と似ているので、「コ形や凵形にえぐる」というイメージを示す記号とするのである(149「快」も見よ)。かくて「決」は川の堤を凵形に切って水を川の外に流す情景を暗示させる図形。この図形的意匠によって①の意味をもつkuătを表記する。
意味の展開はコアイメージによって起こる。「コ形や凵形にえぐる」というコアイメージから、物をコ形や凵形にえぐると中央で切れる形になるから、「二つに切って分ける」というイメージに展開する。これは「分け開く」という意味でもある(決裂・自決の決)。また、白黒・是非を分けてどちらかに定める意味(決定・判決の決)、きっぱりと決めるさま(思い切りがよい)という意味(決然・決行の決)に展開する。