「軒」

白川静『常用字解』
「形声。音符は干。楽器を室内の三面に繫けることを軒懸というので、三面のある建物を、廊下・窓・欄干をも含めて軒という」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、すべて会意的に説く特徴がある。本項では会意的にも解けないので、字源を放棄している。意味は「三面のある建物」というが、どんな建物か。三方に開口部がある建物か。そんな意味は辞典(『漢語大字典』『漢語大詞典』)に見当たらない。
古典の用例を見てみよう。
 原文:戎車既安 如輊如軒
 訓読:戎車は既に安らかに 輊チの如く軒ケンの如し
 翻訳:戦車はもはや不安もなく 低く高くうねり行く――『詩経』小雅・六月

最古の古典の一つである『詩経』では車の種類の名称である。前部がせり上がるように高くなっている車で、身分のある者の乗用車である。反対に前部が低い車を輊という。前者の意味をもつ古典漢語をhiăn(呉音ではコン、漢音ではケン)といい、軒はそれを代替する視覚記号である。
軒は「干(音・イメージ記号)+車(限定符号)」と解析する。干は長い棒(武器の一種)から発想された図形で、「高く上がる」というイメージを示す記号になる(204「干」を見よ)。したがって軒は⤴の形に前の方向に高く反り上がった車を暗示させる。
意味はコアイメージによって展開する。「高く上がる」というコアイメージから、屋根の下端が高く反り上がっている部分(のき)の意味、家の意味、また、てすり・欄干の意味に展開する。意気軒昂(意気が高く上がる)の軒はコアイメージがそのまま意味として実現されている。