「険」
正字(旧字体)は「險」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は僉。僉は二人の者が並んで、祝詞を入れる器のᆸを捧げてお祈りをしている形である。阜(阝)は神が天に陟り降りするときに使う神の梯であり、梯のような高くけわしい地形の所が神聖な所とされ、そこを祈り衛る儀礼を険といったものであろう。それで険は“けわしい、あやうい” の意味となる」

[考察]
僉の字形の疑問については465「倹」で述べた。
阜を神の梯の意味とするが、これは実在の物であろうか。「梯のような高くけわしい地形」とあるが、高い梯は分かるが、険しい梯は想像できない。險に神聖な険しい地形を祈り守る儀礼という意味があるだろうか。すべて疑わしい。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。図形的解釈をストレートに意味とするから、図形的解釈と意味が混沌として区別されていないという印象がぬぐえない。
意味とはいったい何か。言葉の意味であることは言語学の常識であろう。字形は言葉を表記する手段であって、直接に意味を表出するわけではない。意味は言葉に内在する観念であって、言葉が具体的な文脈で使われる際に理解されるものである。險は古典で次のような文脈で使われている。
 原文:終踰絶險 曾是不意
 訓読:終に絶険を踰(こ)ゆるも 曽根(かつ)て是れ意(おも)はざりき
 翻訳:難所すら越えられるのに あなたはかつて思ってもみなかった――『詩経』小雅・正月

險は地形が切り立ってけわしい、また、けわしくて通行しにくい所の意味で使われている。これを古典漢語ではhiam(呉音・漢音でケム)といい、これに対する視覚記号を險とした。
險は「僉(音・イメージ記号)+阜(限定符号)」と解析する。僉は「一か所に引き締める」というイメージがあり、「両側から↗↖の形に頂点で引き締まる」「締まって∧形をなす」というイメージに展開する(465「倹」、469「剣」を見よ)。阜は積み上げた土の形で、段々になったものや山・丘などに関わる限定符号である。かくて險は山の峰が両側から迫って、∧の形に頂点で尖っている情景を暗示させる。これは図形的意匠であって意味ではない。意味は上記の通りである。險という図形的意匠によって、上記の意味をもつhiamを代替する視覚記号(文字)とするのである。
字形→意味の方向に説くと誤ることが多い。意味→字形の方向に漢字を見るという逆転の発想が必要である。