「堅」

白川静『常用字解』
「形声。音符は臤ケン。臤は臣(大きな瞳)に又(手の形)を入れる形で、神のしもべとする人の眼睛を傷つけて視力を失わせることをいう。瞳を傷つけられる人の心が張りつめ 、体がひきしまってかたくなった状態を土の上に移して、堅はかたい土、“かたい”の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、すべて会意的に説く特徴がある。臣(瞳)+又(手)→瞳に手を突っ込んで失明させる。臤(瞳を傷つけ失明させられた人の心が張りつめ体が引き締まってかたくなる)+土(つち)→かたい土。このように意味を展開させる。
ここで疑問(391「緊」でも疑問を呈した)。臣(瞳)と又(手)を合わせた図形を、瞳に手を突っ込んで失明させると解釈することに必然性があるのか。必然性というのは臤にそのような意味があるかということである。そんな意味はなさそうである(『説文解字』では「臤は堅なり」とある)。
また、瞳を傷つけられて失明した人の心が張りつめ、体が引き締まるという事態に必然性があるのか。失明した人の心身の状態にそんな現象が起こらないとは言えないにしても、言葉の意味の展開として考えた場合、合理性があるとは言えない。
字形から意味を引き出そうとする方法に無理がある。むしろ誤りと言ってさしつかえない。意味は字形にあるのではなく、言葉にあるからである。言葉を構成する二要素(音と意味)の一つが意味であり、言葉に内在する観念である。だから字形から意味を解釈するのではなく、言葉から意味を読み取らねばならない。言葉が具体的に使われている文脈から意味を尋ねるのである。堅は古典では次のような用例がある。
 原文:敦弓既堅 四鍭既鈞
 訓読:敦弓既に堅く 四鍭既に鈞(ほと)し
 翻訳:彩りした弓は堅くてじょうぶ 四本の羽矢は釣り合いとれて――『詩経』大雅・行葦

堅は物が引き締まってかたいという意味で使われている。ゆるんだ物体は柔らかいが、引き締まった物体はかたい。ken(呉音・漢音でケン)という古典漢語には「かたく引き締まる」というコアイメージがある。これを図形化したのが堅である。
堅は「臤ケン(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。臤は「臣+又」と分析する。臣は見張った目玉の形である。横から見た目玉、また、うつむき加減の目玉である。これに焦点を当てて、殿様の前でかしこまり、あるいは平伏する家来を表している。臤では家来という実体に重点があるのではなく、体を緊張させてかしこまるという事態に重点がある。だから「臣(音・イメージ記号)+又(手の動作の限定符号)」を合わせて、堅く引き締めるという動作を表している。かくて堅は土がかたく引き締まってこわばる状況を暗示させる。この図形的意匠によって、上記の意味をもつkenを表記するのである。堅は目玉も土も手も意味素の中に含まれない。