「献」
正字(旧字体)は「獻」である。

白川静『常用字解』
「会意。鬳(ケン)と犬とを組み合わせた形。犬牲で清められた鬲形の器を献といい、神に供え捧げる物を入れる器であるから、献は“たてまつる、ささげる、すすめる”の意味となる」

[考察]
鬳がケンの音ならば形声のはず。白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべて会意的に説く特徴がある。「鬳+犬」で、「犬牲で清められた鬲形の器」の意味とした。こんな意味が献にあるのか。『漢語大字典』と『漢語大詞典』には「古代酒器名」が出ているが、音は素何切(サ、suō)としている。「ささげる」の意味の古典漢語はhiănであり、言葉が違う。
会意的に解釈するのは無理である。形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを探求し、それを意味の根拠とする方法である。そのためにはまず意味を確かめる必要がある。意味とは言葉の意味であって、具体的な文脈に使われる際の、その使い方である。獻は次の用例がある。
①原文:襢裼暴虎 獻于公所
 訓読:襢裼タンセキして虎を暴(う)ち 公所に献ず
 翻訳:片肌脱いで虎と組み打ち 君主の所に差し上げる――『詩経』鄭風・大叔于田
②原文:君子有酒 酌言獻之
 訓読:君子に酒有り 酌みて言(ここ)に之を献ず
 翻訳:君子のうたげの酒を 一献酌んで差し上げる――『詩経』小雅・瓠葉

①は貴人や上位の人に物を差し上げる意味、②は主人が客に酒を進める意味に使われている。これを意味する古典漢語はhiăn(呉音ではコン、漢音ではケン)である。これを代替する視覚記号として獻が考案された。
獻は「鬳ゲン(音・イメージ記号)+犬(限定符号)」と解析する。鬳は「虍+鬲」に分析できる。 虍は「連なる」というイメージを示すことがある(虜・慮など)。鬲は「かなえ」の一種である。「虍(イメージ記号)+鬲(限定符号)」を合わせた鬳は各部分が連なって高くなっている蒸し器(かなえ)で、甗ゲンの原字である。鬳は「高く上がる」というイメージを表す記号になりうる。限定符号の犬は犬に関わる場面に設定する働きがある。犬は供え物にされたり、食用ともされた。したがって獻は犬の肉や羹(あつもの)を供えてたてまつる情景を設定した図形。この意匠によって①の意味をもつhiănを表記する。