「絹」

白川静『常用字解』
「形声。音符は肙エン。肙は蚕のような虫が口を開けている形で、おそらく蚕がその糸を吐く形を写したのであろう」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。肙を「蚕のような虫が口を開けている形」と解し、これを「蚕がその糸を吐く形」と見立てたものであろうか。しかし肙を蜎(ぼうふら)の原字とするのが通説である。蚕と関係はない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、すべて会意的に説く特徴があるが、本項では会意的に解けたとは言えない。形声的解釈に戻す必要がある。形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げて、コアイメージから意味を捉える方法である。
「きぬ」の意味の古典漢語はkiuan(呉音・漢音でケン)である。これを表記する視覚記号が絹である。なぜ絹という図形が生まれたのか。その意匠は何か。
絹は「肙エン(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。きぬは蚕から取る糸(シルク)で作った布である。シルクは他の糸に比べると細くて滑らかな品質である。だから「細い」「しなやか」というイメージがある。このイメージを表現するために肙が利用された。これは「〇(丸い頭)+月(肉)」を合わせて、頭の丸いボウフラを暗示させる図形である(後に蜎と書かれる)。しかし実体に重点があるのではなく形態に重点がある。ボウフラは体形が細長く、上下に体をくねらせて泳ぐ特徴がある。ここから「細長い」「細くくねる」というイメージに用いることができる。したがって絹は細くしなやかな糸を暗示させる。この意匠によって「きぬ」の意味をもつkiuanを表記する。