「権」
正字(旧字体)は「權」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は雚カン。雚は鸛(こうのとり)で、神聖な鳥とされ、鳥占いに使用された。それで、権は“はかる、かりに、臨機に” の意味となる。臨機応変の意味から強行する意味となり、権力・権勢の意味となったものと思われる」

[考察]
雚はこうのとりで、鳥占いに用いられたから、権が「はかる、かりに、臨機に」の意味になったとはどういうことか。理解に苦しむ。また、臨機応変→強行する→権力・権勢の意味に転じたというのも分からない。
白川漢字学説は言葉という視点が全くないから、言葉の深層構造への探求もない。だから意味の展開も合理的に説明できない。これは白川漢字学説の弱点の一つである。
言葉という視座に立脚して漢字を見る目が必要である。古典の文脈から權の用法を調べてみる。
①原文:謹權量。
 訓読:権量を謹む。
 翻訳:はかりと升目を慎重にする――『論語』尭曰
②原文:權然後知輕重。
 訓読:権(はか)りて然る後に軽重を知る。
 翻訳:目方を量って重さがわかる――『孟子』梁恵王上
③原文:可與立、未可與權。
 訓読:与(とも)に立つべきも、未だ与に権るべからず。
 翻訳:一緒に世に立つことはできても、同じように適宜な判断ができるとは限らない――『論語』子罕
④原文:權出一者彊、權出二者弱。
 訓読:権の一に出づる者は彊(つよ)く、権の二に出づる者は弱し。
 翻訳:権力が一人から出る場合は強いが、二人から出る場合は弱い――『荀子』議兵

①は棹秤のおもり、またはかりの意味、②は重さを量る意味、③は力関係を図る(バランスを取って物事に対処する)の意味、④はバランスを取って人を操り支配する力や勢いの意味で使われている。最初は①の意味をもつ古典漢語をgiuan(呉音ではゴン、漢音ではクヱン)といった。これを代替する視覚記号として權が考案された。權は「雚カン(音・イメージ記号)+木(限定符号)」と解析する。雚がコアイメージに関わる基幹記号である。雚は鸛の原字であるが、実体に重点があるのではなく形態や生態に重点がある。雚は「左右にバランスよくそろう」というイメージを示す記号になるのである(詳しくは208「缶」、229「勧」、237「歓」、245「観」を見よ)。「左右にバランスよくそろう」のイメージを図示すると▯-▯の形である。權は片方におもりをつけ、もう一方に物を架けて、▯-▯の形にバランスを取って重さを量る情景を暗示させる。この図形的意匠によって棹秤のおもり、またはかりの意味のgiuanを表記する。
①から②への展開は明らかである。③④の意味は「バランスを取る」というコアイメージから展開した。コアイメージは転義現象を引き起こす重要な契機(原動力)になる。これは漢語意味論における大きな特徴である。