「謙」

白川静『常用字解』
「形声。音符は兼。兼は二本の禾(稲)を併せて手に持つ形で、本来は嫌な行為であったのではないかと思われる。それでなるべく避けるの意味から、謙は“ゆずる、ひかえる、さける、つつしむ”の意味となったのであろう」

[考察]
形声の説明原理を欠くため、会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。二本の稲を持つのが嫌な行為だから、「なるべく避ける」の意味→「ゆずる、ひかえる」の意味になったという。
二本の稲を持つことがなぜ嫌な行為なのか、理解しがたい。「嫌」の項では、二本の稲を併せ持つことは、何か不十分・不満足であるとする意味があるという。これも理解しがたい。
謙は古典でどのように使われているかを見てみよう。次の用例がある。
 原文:富有四海、守之以謙。
 訓読:四海を富有し、之を守るに謙を以てす。
 翻訳:[君主は]天下の富を手に入れたが、それを守るには謙譲の徳が必要だ――『荀子』宥坐
謙は人に下って控え目にする(人にゆずる、へりくだる)という意味で使われている。これを意味する古典漢語をk'em(呉音・漢音でケム)といい、これに対する視覚記号を謙とする。
謙は「兼(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。兼は「‖の形に並ぶ二つの線が一つに合う」というイメージがあり、「∧の形や∨の形を呈する」というイメージに転化する(474「嫌」を見よ)。∨の形は「下方へくぼむ・へこむ」というイメージである。空間的なイメージは心理的なイメージにも転用できる。謙はでしゃばらないで一歩後ろにへこんで下がる状況を暗示させる。この図形的意匠によって上記の意味をもつk'emを表記する。