「元」

白川静『常用字解』
「象形。人の首の部分を大きな形で示し、その下に横から見た人の形(儿)を加えた字。人の首を強調した形で、首の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。人の首の部分を強調した形から首の意味となったという。しかし元は「あたま」の意味であって「くび」ではない。
また意味の展開について、「首は人の体の中で最も重要な部分であるから元首(頭カシラ)といい、体の最上部であるから本元(もと、はじめ)の意味となる」と述べている。
意味は言葉の意味であって字形にあるのではない。白川漢字学説は言語学に反する。白川漢字学説は言葉という視座がないから、言葉の深層構造を探求することもない。語源のない字源は半端なものになる恐れがある。
元を語源から探求したのは藤堂明保である。藤堂はngiuăn(元)という言葉は、元のグループ(元・完・院・玩・頑・冠)のほか、果のグループ、禾のグループ、原のグループ、亘のグループ、宛のグループ、巻のグループ、官のグループなど非常に多くの語と同源で、「丸い・取り巻く」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。
「丸い」というコアイメージのある語群の一員としてngiuănがあり、深層におけるこのイメージが表層(つまり文脈)に現れると「あたま」という意味が実現される。「あたま」は形態的に丸いと意識されるので、ngiuănというのである。この聴覚記号を代替する視覚記号として元が考案された。「あたま」をdug(頭)ともいうが、これとは別である。「あたま」をどのようなイメージで捉えるかによって言葉が違うのである。「丸い」というイメージで捉えたのが元である。
元は古典に次の用例がある。
①原文:勇士不忘喪其元。
 訓読:勇士は其の元を喪(うしな)ふを忘れず。
 翻訳:勇者は自分の頭を失うことをいつも忘れてはならない――『孟子』万章下
②原文:叔父 建爾元子
 訓読:叔父よ 爾の元子を建てよ
 翻訳:叔父上よ あなたの長男を立てなさい――『詩経』魯頌・閟宮

①は「あたま」の意味で使われている。意味の展開は漢語意味論ではコアイメージによることが多いがメタファーによることもある。人体の位置関係をメタファーとする。あたまはトップにある。空間のイメージは時間のイメージにも転用されるので、②は時間的な始めの意味。ここから根源(もと)の意味に転じる。
①の意味をもつngiuănを再現させる図形が元である。元はどんな意匠をもつ図形か。ここから字源の話になる。元は「▬または●+儿(人体を示す符号)」を合わせて、胴体の上にある丸いあたまを暗示させる図形。この意匠によって「あたま」を意味する古典漢語ngiuănを表記する。