「弦」

白川静『常用字解』
「形声。音符は玄。“つる、ゆづる” をいう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、すべて会意的に説く特徴がある。本項では会意でも説明できないので、字源を放棄している。
弦は古典に次の用例がある。
①原文:無弦則必不能中。
 訓読:弦無くんば則ち必ず中(あ)つ能(あた)はず。
 翻訳:つるが無ければ的に当てることはできない――『呂氏春秋』具備
②原文:聞弦歌之聲。
 訓読:弦歌の声を聞く。
 翻訳:楽器に合わせて歌う声が聞こえてきた――『論語』陽貨

①は弓のつるの意味、②は楽器に張る糸の意味から転じて、弦楽器を奏でる意味に使われている。文献的には『論語』が古いが、弦はまず①の意味を表すために生まれた記号で、②はそれの比喩的展開と考えられる。②の意味の専用字としては、後に絃に変わった。しかし弦も絃もɦenの音であり、言葉としては同じで、コアイメージも「宙吊りになる」という共通のイメージをもっている。
弦は「玄(音・イメージ記号)+弓(限定符号)」と解析する。古人は「玄は懸なり」と語源を捉えている。懸は「途中(空中)で宙吊りになる」というイメージがある(485「懸」を見よ)。空中に宙吊りになるというイメージから、遠くかすかで見えにくいというイメージに転化する。懸絶の懸はあまりにも遠く離れ過ぎているという意味。「かすかで見えにくい」というイメージは玄と共通である。「かすかで見えにくい」というイメージは「宙吊りになる」というイメージから生まれたので、玄にも同じイメージ転化がある。玄は「宙吊りになる」と「かすかで見えにくい」の二つのイメージを同時に表す記号である(488「玄」を見よ)。
玄は幺(小さい糸)の上に「⁀」の符号をつけて、宙吊りになった糸がゆらゆらしてよく見えない情景を暗示させる図形である。この意匠によって上記の二つのイメージを同時に表す記号とした。弦は「宙吊りになる」というイメージを用いて、弓の両端に結んで、‿の形に宙吊りに張った糸を暗示させる。この図形的意匠によって弓のつるを意味するɦen(呉音ではゲン、漢音ではケン)を表記する。