「原」

白川静『常用字解』
「象形。崖(厂)の間から水が流れ落ちる形。崖から流れ落ちる水が谷川の始まるもとであるから、原は“みともと” の意味となり、源のもとの字である。みなもとの意味から、物事の“はじめ、もと”の意味となる。原を原野、“はら”の意味に用いるのは、同じ音の邍と通用したもので、もとは別字である」

[考察]
おおむね妥当な字源説であるが、字形から意味を導くのが問題。意味がどのような意匠の図形に仕立てられたかを考えるのが正しい字源説である。
意味は古典の文脈から分かる。原は次の用例がある。
①原文:絶民用實王府、猶塞川原而爲潢汚也。
 訓読:民用を絶ちて王府を実(みた)すは、猶川原を塞ぎて潢汚と為すがごときなり。
 翻訳:民に資産を使用させず、国庫を満たすことは、水源を塞いで水たまりにすようなものだ――『国語』周語
②原文:中原有菽 庶民采之
 訓読:中原菽有れば 庶民之を采る
 翻訳:野原の中に豆があったら 民くさがこれを摘み取る――『詩経』小雅・小宛

①はみなもと(水源)の意味、②ははらの意味で使われている。『詩経』は最古の古典の一つで、①の意味は源が使われ、原はもっぱら②の意味で使われている。非常に早い段階で②の意味に移行したことがわかる。これらの意味をもつ古典漢語はngiuăn(呉音ではゴン、漢音ではグヱン)である。これを代替する視覚記号が原である。
原はどんな意匠をもつ図形か。「厂+泉」と分析できる。厂は崖、泉は丸い岩穴から水が流れ出る形である。したがって原は泉が崖の下で湧き出る情景という意匠である。以上は図形的解釈であって意味ではない。意味は上記の①である。水源にもいろいろあり、最初に水が出る所を泉の丸い穴と想定したのが原である。古人は「原は元なり」と語源を捉えている。元は「丸い」というイメージがある。原も「丸い」というコアイメージがあり、元と同音でngiuănといったと考えられる。
『詩経』では水源は源に譲り、②のような使い方になっている(用例が比較的多い)。水源と「はら」は何の関係があるのか。「はら」の本字は邍であり、原はその借用というのが普通の説である。ただ音が同じだから邍が原に滑り込んできたと考えてよいだろうか。ほかの理由も考えられる。転義現象はメタファーも契機(原動力)になることが多い。メタファーは隠喩だけではなく換喩もある。空間的隣接性による転義が換喩の働きである。崖から発する水源(これが原)と、高くて平らな土地(これが邍)は場所的に近い関係にある。空間的に接近している。このような地理的特徴から原に「高くて平らな土地」の意味が結びついた。これは換喩による転義と言ってよい。