「減」

白川静『常用字解』
「形声。音符は咸。咸は祝詞を入れる器(ᆸ)の上に、聖器の戉(鉞)を置き、祈りの効果を守ることで、緘(とざ)すという意味がある。これに水を加えるのは、祈りの効果を減殺する行為とされたからであろう。水を加えることは、神聖なものをけがすという意味があったのである。減は効果を少なくすることから、“へらす、へる、はぶく” の意味に使われる」

[考察]
疑問点①祝詞を入れる器の上に鉞を置く行為が想像しにくい。鉞はかなり大きな武器であろう。もし可能だとしても、この行為がなぜ「祈りの効果を守る」ことになるのか。また緘すというのは、「器の中に祈りの効果を緘じこめ守る」(「感」における咸の意味)であろうが、この行為も想像がしにくい。②水を加えることは神聖なものを汚すという意味だというが、水が汚れを祓う象徴的なものであることは万国共通ではあるまいか。減の字だけ、神聖なものを汚すから祈りの効果が少なくなるというのは勝手な解釈である。
なお字形の疑問もある。白川は戌(ジュツ)と戉(音はエツ)を区別せずいっしょくたにし、威・滅でも戌を戉に読み替かえる。形に囚われるのが白川説だが、微妙な違いを無視するのは言葉という視座がないからであろう。
減の実例を見てみよう。
 原文:減食而死。
 訓読:食を減じて死す。
 翻訳:食べ物の量を減らして死んだ――『韓非子』難一
減は数量が少なくなる(へる・へらす)の意味で使われている。この意味をもつ古典漢語がkəm(呉音ではケム、漢音ではカム)である。これを代替する視覚記号として減が考案された。
減は「咸カン(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。咸は「戌(武器)+口(くち)」を合わせて、武器でおどして刺激やショックを与える状況を作り出した図形である(232「感」を見よ)。「外からの刺激が心や体の内部に入る」というイメージを表す記号である。これには「強いショックを与える」と「内部に閉じ込められて出ていかない(ふさがる)」という二つのイメージが含まれる。後者を利用して、減は水源が塞がれた結果、水量が少なくなる情景を暗示させる。水の限定符号は水と関係のある場面に設定し、図形的意匠を具体化させるための工夫である。図形的意匠は意味と同じではない。具体を捨象したのが意味である。