「呼」

白川静『常用字解』
「形声。音符は乎。乎が呼のもとの字であった。乎は小さい板に遊板や鈴をつけて鳴らす鳴子板の形で、人を呼ぶときや鳥を追うときに使用した。もとは神を呼ぶときに使った。それで乎は“よぶ、さけぶ” の意味となる」

[考察]
乎(=呼)は神を呼ぶときに使う鳴子板の意味だというが、そんな意味はあり得ない(『漢語大字典』『漢語大詞典』)。だいたい神を鳴子板で呼ぶとはどういうことか。
図形的解釈と意味を混同するのは白川漢字学説の特徴である。字形から意味を導くことを方法とする「字形学」の必然的な結果である。
いったい意味とは何なのか。言葉の意味であることは言語学の常識である。言語学では言葉(記号素)は音と意味の結合体で、意味は言葉に内在する観念と定義される。
では意味はどのようにして知るのか。言葉が使われる文脈から判断して知るのである。文脈がなければ意味は知りようがない。呼は古典で次のような文脈で使われている。
①原文:吹呴呼吸、吐故納新。
 訓読:吹呴呼吸し、故きを吐き新しきを納(い)る。
 翻訳:息を吐いたり吸ったりして、古い気を出し、新しい気を入れる――『荘子』刻意
②原文:靡明靡晦 式號式呼 俾晝作夜
 訓読:明と靡(な)く晦と靡く 式(もつ)て号(さけ)び式て呼び 昼を夜と作(な)さしむ
 翻訳:明けても暮れても 叫び合いどなり合い 昼も夜もないばか騒ぎ――『詩経』大雅・蕩

①は息を吐いて出す意味(呼吸の呼)、②は大きな声を出す意味(歓呼の呼)で使われている。②から更に、声をかけて人を呼ぶの意味(呼応の呼)に転義する。文献的には『詩経』が古いが、論理的には①から②へ転義したと考えてよい。①の意味をもつ古典漢語がhag(呉音ではク、漢音ではコ)である。これを代替する視覚記号が呼である。
呼は「乎コ(音・イメージ記号)+口(限定符号)」と解析する。乎は「小(三つの小さな点)+丂」と分析できる。丂は伸び出ようとするものが一線につかえて曲がる様子を示す記号(322「朽」を見よ。後の号・考でも触れる)。乎は息が曲がりつつ上に分散して出ていく状況を暗示させる。この意匠によって「曲がりつつ分かれ出る」というイメージを表すことができる。かくて呼は口から息や声が出る様子を暗示させる。この図形的意匠によって①の意味をもつhagを表記する。