「湖」

白川静『常用字解』
「形声。音符は胡。胡は牛のあごの下に垂れている肉をいう。狼にもその胡があり、鵜やペリカンにもあご袋がある。川の水があふれ出て、川の側に湖や沼ができることが多いが、湖は川の大きなあご袋のようなもので、そこに水がたまっている所である。“みずうみ”をいう」

[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理を持たず、すべて会意的に説く特徴がある。胡(あごの下に垂れている肉、あるいは袋)+水→川の大きなあご袋ような水たまりという意味を導く。
川から水があふれ出て溜まった所がはたして「みずうみ」の意味だろうか。湖は次のような用例がある。
 原文:左江而右湖。
 訓読:江を左にして湖を右にす。
 翻訳:左手には川、右手には湖が位置する――『戦国策』魏策

『説文解字』では「湖は大陂なり」とあり、段玉裁の注では「池以て水を鍾(あつ)む」とある。池よりも大きく水を貯えた所の意味とする。池や沼などに比べて「大きい」「深い」という特徴が記述されている。川が流入することや、流出することは特徴ではない。
このように、大きく深く水をためた所(みずうみ)を古典漢語ではɦag(呉音ではグ、漢音ではコ)という。これを代替する視覚記号が湖である。湖は「胡(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。胡は「古(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と分析する。古は「垂れ下がる」というイメージがある(499「古」、337「居」を見よ)。上から下に垂れ下がると、上から下のものを覆いかぶさる形になるので、「覆いかぶさる」というイメージにも転化する。したがって胡は牛などの顎の下に垂れた肉(これを「したくび」という)を暗示させる。また、覆いかぶさった空間は隙間なく広がるので、空間に視点を置くと「大きい」というイメージになる。胡は顎の下を覆うひげ(鬍)も表すことができる。胡は実体を離れて「下に(深く)垂れ下がる」また「(広く、大きく)覆いかぶさる」というイメージを示す記号になる。かくて湖は大地を広く覆い、深く水をためた所、すなわち「みずうみ」を暗示させる。