「娯」

白川静『常用字解』
「形声。音符は呉。娯はᆸ(祝詞を入れる器の形)を掲げて舞いながら祈る人の形で、それは神を楽しませ、願うことを実現しようとするための行為であった。女のシャーマンなどがそのことに当たったので、娯の字が生まれたのであろう。娯は呉の意味をうけて、“たのしむ、たのしませる”の意味に使う」

[考察]
呉の解釈の疑問につては既述(516「呉」を見よ)。娯は神とは何の関係もないし、シャーマンとも関係がない。
言葉という視座に立って娯の成立を見よう。まず娯がどのように古典で使われているか、つまり意味を調べる。
次の用例がある。
 原文:縞衣茹藘 聊可與娯
 訓読:縞衣コウイ茹藘ジョリョ 聊か与(とも)に娯しむべし
 翻訳:白い衣と茜の膝掛け [それを着けた彼女となら]いっしょに楽しめそうだ――『詩経』鄭風・出其東門

娯は遊んで楽しむ意味で使われている。これを古典漢語ではnguag(呉音ではグ、漢音ではゴ)という。これを代替する視覚記号が娯である。
なぜ呉という記号が用いられたのか。語源的に同じという意識(言語意識)があったからである。語源的に同じというのは音とイメージが共通ということである。呉は「⇆形に交わる」というイメージがある(516「呉」を見よ)。人と人が交わる場合もこのイメージがあり、言葉を互いに交わす場合もこのイメージがある。「⇆形に言葉を交わす」というイメージから、人たちがワイワイと騒いでしゃべるという意味が実現された。これが呉の意味。一方、女たちがおしゃべりしてにぎやかにする情景を「呉(音・イメージ記号)+女(限定符号)」によって設定した。この図形的意匠をこしらえて、「遊んで(にぎやかに)楽しむ」ことを意味するnguagという語を「娯」で表記した。