「悟」

白川静『常用字解』
「形声。音符は吾。吾はᆸ(祝詞を入れる器の形)の上に、二重に作った木の蓋を置き、祈りの効果を守ることをいう。吾には守るという意味があるが、悟とは心の迷いをしりぞけ、心の明るさを守ることであり、それで物事の道理を明らかに知ることができるのである。それで“さとる”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、すべて会意的に説く特徴がある。会意とはAの意味とBの意味を足した「A+B」をCの意味とするもの。吾(祈りの効果を守る)+心→心の迷いを退け心の明るさを守るという意味を導く。この意味から「さとる」の意味に転じたという。
字形に意味を読む手法に疑問がある。吾が「祈りの効果を守る」の意味があるのか疑問。また「心の明るさを守る」とはどういうことか。心の明るさを守るとなぜ物事の道理を知ることができるのかも分からない。
字形から意味を導くのは、意味が字形にあるという考えからである。しかし意味は「言葉の意味」であって字形にあるのではない。言語学の定義によれば、言葉(記号素)を構成する二要素(音と意味)の一つが意味であり、意味は言葉に内在する概念である。
形声の説明原理とは何か。言葉の深層構造に掘り下げて意味を考える方法である。それには言葉の深層にあるコアイメージを捉えることが大切である。悟のコアイメージは何か。まず古典の用例を調べてみよう。
 原文:甚矣、子之難悟也。
 訓読:甚しいかな、子シの悟り難きや。
 翻訳:ひどいなあ、お前の物分かりの悪さは――『荘子』漁父

悟ははっきりと理解する、言い換えれば、はっきり分からないことを思い当たって分かるようになるという意味に使われている。王力(現代中国の言語学者)は悟と寤(目覚める)は同源だとする(『王力古漢語字典』)。吾という記号が共通である。吾にコアイメージの源泉があると言ってよい。吾とは何か。
吾は「五(音・イメージ記号)+口(限定符号)」と解析する。五は「×形に交差する」というイメージがある(513「五」を見よ)。×形は方向が逆の二線が交わる。だから「⇄形に交わる」というイメージでも表せる。言葉を交わす場面を想定したのが吾である。AとBが⇄形に言葉を交わす情景という意匠が吾である。言葉を交わすという意味を表すのではなく、人称代名詞を作るために、二人が言語行為(コミュニケーション)をする際の主体側をngagといい、吾と表記するのである。吾は「⇄形に交わる」というコアイメージから生まれた人称代名詞と言える。
一方、吾を精神現象に利用したのが悟である。物が分かるという精神現象に対して、心と物の関係を心⇄物というぐあいに交わる関係、行き来する(交流する)関係と捉えたのがngagという言葉である。これも「⇄形に交わる」というコアイメージをもつ言葉と言える。「吾(音・イメージ記号)+心(限定符号)」を合わせて、心(精神)が物(現実)と交わって、曖昧だった事態がはっきり分かるようになるというのが悟の図形的意匠である。