「語」

白川静『常用字解』
「形声。音符は吾。吾はᆸ(祝詞を入れる器の形)の上に、木の蓋を置き、祈りの効果を守るの意味で、語は祈りの“ことば”をいう。言語(ことば)と連ねて用いるが、言は攻撃的なことばであるのに対して、語はそのような攻撃から祈りを守ろうとする防禦的なことばといえる」

[考察]
吾の解釈の疑問については519「悟」でも述べている。吾が「祈りの効果を守る」という意味があるだろうか(吾は一人称の「われ」の意味)。だいたい「祈りの効果を守る」とはどういうことか、理解しがたい。「攻撃から祈りを守ろうとする防禦的なことば」というのも何のことか理解しがたい。
字形から意味を引き出すのは無理である。というよりも誤った方法である。意味とは言葉にあって、字形にあるものではないからである。言葉(記号素)は音と意味の二要素の結合体で、意味は言葉に内在する概念というのが言語学の定義である。字形に意味があるとする白川漢字学説は言語学に反する。
では意味はどうして分かるのか。言葉が使用される文脈から知ることができる。文脈がなければ知りようがない。語は古典に次の用例がある。
①原文:彼美淑姬 可與晤語
 訓読:彼の美なる淑姫 与(とも)に晤語ゴゴすべし
 翻訳:あの美しい娘さんとなら いっしょに話せるだろう――『詩経』陳風・東門之池
②原文:吾聞其語矣。
 訓読:吾其の語を聞けり。
 翻訳:私はそのような言葉を聞いたことがある――『論語』季氏

①は相手と向き合って話す(話し合う)の意味、②は話される言葉の意味で使われている。これを意味する古典漢語がngiag(呉音ではゴ、漢音ではギョ)である。これを代替する視覚記号が語である。語は最初から「人と向き合って話す(かたる)」という意味であった。英語のtalkは「話す相手が存在し双方向にやりとりをする点」に焦点のあることばというが(『Eゲイト英和辞典』)、ngiag(語)は語感がtalkに近い。
語は「吾(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。吾は「五(音・イメージ記号)+口(限定符号)」に分析できる。五が根源のイメージを提供する記号である。これは「×形や⇆形に交差する」というイメージである(513「五」を見よ)。口は言葉やしゃべることと関わる限定符号である。吾はコミュニケーションの場を設定した図形で、二人がA⇆Bの形に言葉をやりとりする情景を暗示させる。話し手と聞き手という関係にもなる。話し手(主体)の側に焦点を置いて、一人称(われ、わたし)をnagといい、吾と表記する。ngiagということばもコミュニケーションの場から発想された。「×形や⇆形に交差する」というコアイメージから、A(話し手)とB(聞き手)が⇆の形にことばをやりとりする事態をngiagといい、語と表記するのである。