「公」

白川静『常用字解』
「象形。宮廷の中の儀礼を行う式場の平面形。古い字形では、広場を示す囗イの形の上部に左右の塀を二本の直線で示している。ここで行われる儀礼・行事が公事・公務である。宮殿や祖先を祭る廟の前で儀礼を行う場所を公ということから、公は“宮殿、祖廟、きみ” の意味となり、また“おおやけ”の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。宮殿や祖廟の前で儀礼を行う場所→宮殿・祖廟・きみの意味→おおやけの意味へ展開させる。
公に宮殿・祖廟の意味があるだろうか(『漢語大字典』『漢語大詞典』には見当たらない)。宮殿・祖廟の後に「きみ」の意味が出るのは唐突で、訳が分からない。この次になぜ「おおやけ」の意味になるのか、「おおやけ」とは何なのかの説明がないので分かりにくい。また「さらに支配する者の考え方を公平・公正なものとした」というが、公平・公正の意味が支配者の考え方に由来するとは納得できない。
意味の展開に難点がある。これは白川漢字学説に言葉という視点がなく、言葉の深層構造を捉える方法がないのと関係がある。言葉の深層におけるコアイメージを捉えることによって始めて意味の展開も合理的に理解できるのである。
言葉の視点から公を見てみよう。それには公が使用されている文脈から公の意味を判断し把握する必要がある。意味は字形にあるのではなく、文脈にある。コンテキストの前後関係から語の意味は限定される。
①原文:以公滅私。
 訓読:公を以て私を滅す。
 翻訳:おおやけのことでプライベートなことを無くする――『書経』周官
②原文:自公退食
 訓読:公自(よ)り退食す
 翻訳:役所から食事に帰る――『詩経』召南・ 羔羊
③原文:振振公子 
 訓読:振振たる公子
 翻訳:にぎにぎし殿の御子らは――『詩経』周南・麟之趾
④原文:公則説。
 訓読:公なれば則ち説(よろこ)ぶ。
 翻訳:公正ならば民は喜ぶ――『論語』尭曰

①は社会全体に開かれていること(世間一般、おおやけ)の意味、②は朝廷・役所の意味、③は民の上に立つ人(君主・諸侯・大臣)の意味、④はまっすぐ通って片寄らない意味である。この意味をもつ言葉を古典漢語ではkung(呉音ではク、漢音ではコウ)という。この聴覚記号を代替する視覚記号が公である。
公はどんな意匠(図案、デザイン)の工夫がなされた図形か。「八+厶」と分析する。八は左右両側に分けることを示す象徴的符号である(後に「八」の項で詳述する)。厶は〇や☐が変わったもので、囲い込むことを示す符号である。厶シは私の原字で、自分の物だと財物などを囲い込む事態を私という。これに反して、囲い込んだものを両側に開いてみんなに見せる情景を意匠にしたのが公である。隠しているものなどを開いて素通しにする。そうすると内部はすかすかになって見える。このような図形的意匠によって、「全体が見通せるように開く」というイメージを暗示させることができるので、①の「社会全体に開かれている」という意味をもつkungを表記する記号になりうるのである。自分個人の領域に閉じ込めた状態、隠して見えない状態が私であるのに対し、社会全体に開かれどこまでも突き通って見える状態が公である。前者は英語のprivate、後者はpublicに当たる。
kung(公)は語源的には「まっすぐに通る」「突き通る」というイメージがある。閉じたものを分け開いた結果、このイメージに展開したと考えてよい。「分け開く」と「突き通る」が一連の行為で、後者に視座を置いたのがkungという語である。しかしkungを表記するために考案された図形は前者に視点を置いて作られた。