「巧」

白川静『常用字解』
「形声。音符は工。工は工作の器具の形、丂は曲刀の形で、ともに工作の器具であるが、丂が意味を示す部分である。器物などを作るとき、丂(小刀)で作業をすることを巧という。それで巧は“たくみなわざ、たくみ、上手” の意味となる」

[考察]
工が音符というのは間違っている。工はkung、巧はk'ŏgであって、音符ではない。伝統的な分析に従えば「丂(音符)+工(意符)」となるはず。
形声の説明原理を持たない白川漢字学説ではすべての漢字を会意的に説くから、音符も意符も関係ない。工(工作の器具)+丂(小刀)→器物などを作るとき小刀で作業をするという意味を導く。この意味から「たくみなわざ」の意味に転じたという。
Aの意味とBの意味を足した「A+B」をCの意味とするのが会意的解釈である。AとBは働き(役割)が同じで、順序を入れ換えても変わらない。しかし形声においてはAとBはレベルの違う記号であり、役割が全く違う。形声文字では「A(音・イメージ記号)+B(限定符号)」という構成法になるのである。Aは言葉の深層構造に関わり、Bは言葉の意味がいかなる意味領域に関わるかを示すもので、レベルが違う。Aは意味の中心部であるが、Bは必ずしも意味素(意味を構成する要素)に入らない。
巧は「丂コウ(音・イメージ記号)+工(限定符号)」と解析する。丂は「つかえて曲がる」というイメージがある(詳しくは322「朽」を見よ)。↑の形に進んでいくものが「一」の所でつかえると曲がってしまい、これ以上進めなくなる。これが「つかえて曲がる」のイメージであり、このイメージは「とことんまで(最後のつかえた所まで、究極まで)突き詰める」というイメージに展開する。工は工作の場面を設定する限定符号である。工作の際、技を奥まで(究極まで)突き詰めて細工する状況――このような図形的意匠に仕立てたのが巧である。この意匠によって、次の用例にある意味をもつ古典漢語k'ŏg(呉音ではケウ、漢音ではカウ)を表記する。
①原文:絶巧棄利、盜賊無有。
 訓読:巧を絶ち利を棄つれば、盗賊有ること無し。
 翻訳:技術や金儲けを世の中からなくせば、盗人なんかいなくなる――『老子』第十九章
②原文:巧笑倩兮 美目盼兮
 訓読:巧笑倩センたり 美目盼ハンたり
 翻訳:にっこり笑えば愛らしく きれいな瞳の涼やかさ――『詩経』衛風・碩人

①はたくみな技の意味、②は技がうまい(上手である)の意味で使われている。