「広」
正字(旧字体)は「廣」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は黃(黄)。黄はもと佩玉の形であるが、黄に横の意味もあり、佩玉の形を玉を組んで組織した形で、広いという意味をも含むものであろう。それで広屋、大きな建物の意味となる」

[考察]
黄に横や広いという意味があるか疑問。広を広屋の意味とするのは図形的解釈と意味を混同している。図形的解釈と意味の混同は白川だけではなく、伝統的文字学者の通弊である。
白川漢字学説には形声の説明原理がない。佩玉という実体に囚われるのは何とか会意的に解釈しようとするからであるが、黄からの説明は原理的にできない。
では形声の説明原理とは何か。言葉という視点に立ち、言葉の深層構造を掘り下げる方法である。廣を「黃(音・イメージ記号)+广(限定符号)」と解析し、黃を言葉の基幹記号と見、黃がどのように深層構造に関わっているかを究明する。
黃については568「黄」の項で詳述するが、結論だけを述べると、黃は「四方に広がる」というイメージを示す記号である。黃は「広い」や「よこ」という意味があるのではなく←→の形が縦横に放射する様態、つまり「四方に広がる」というイメージを表すのである。广は建物に関わる限定符号で、建物と関係のある場面を設定する働きがある。したがって廣は建物の枠組みを四方に広げて作る場面を設定した図形。これは図形的意匠であって意味ではない。意味は次の用例が示す通り「空間的にひろい」であり、この意味をもつ古典漢語kuang(呉音・漢音でクワウ)を廣で表記している。
 原文:漢之廣矣 不可泳思
 訓読:漢の広き 泳ぐべからず
 翻訳:漢水はひろいよ 泳いで渡れない――『詩経』周南・漢広