「甲」

白川静『常用字解』
「象形。亀の甲の形。亀の腹の甲羅には、中央に縦に貫く縫線があり、またこれと交わる横の縫線がある。最も古い字形は縫線の交わる十の形である。のちに亀の甲羅の上半分の輪郭を加えて甲の形となった。亀が堅い甲羅をつけているように鎧で武装することを甲といい、兜をかぶることをも甲という」

[考察]
字源については諸説紛々で定説はない。亀甲説は『文選』の李善注に出ている。白川は十の形が亀甲の縫線を表したものとしている。甲が亀の甲羅を表しているなら、亀甲が第一義となりそうなものだが、亀の甲羅を比喩として「鎧で武装する」を第一義としたのは奇妙である。
甲は循環的序数詞(十干)の第一位の名である。これが最初の意味である。伝統的文字学は甲がいかなる実在物を表すかに関心がある、つまり実体にこだわる。甲だけではなくすべてにおいてそうである。しかし漢字の造形法は実体よりも形態や機能に重点を置くのである。
甲は「何」という実体を表すのではなく、「如何(いかん、どのよう)」という形態のイメージを表現する図形である。つまり甲は「中の物を周囲から殻で覆いかぶせて閉じ込める」状況を暗示させる象徴的符号である。この意匠(図案、デザイン)によって、「表面に覆いかぶさる」というイメージを表現できる。十干の一番目を古典漢語ではkăp(呉音ではケフ、漢音ではカフ)といい、これを甲によって表記する。その理由は、植物の生長過程を時間の経過と対応させて順序を表す記号を創作したのが十干や十二支(十進法と十二進法の序数詞)で、十干では植物がまだ蕾のまま閉じた段階を最初の順序として立てたから、「殻で覆いかぶさる」というイメージをもつ甲をkăpとしたのである。
意味の展開は「表面に覆いかぶさる」というコアイメージで説明できる。物の外側を覆うもの、体を覆い身を守る武具の意味(甲冑・機甲の甲)、表面にかぶさる堅い殻の意味(甲殻・甲羅の甲)、手足の指先の表面に覆いかぶさる堅い部分の意味(指甲・爪甲の甲)に展開する。