「后」

白川静『常用字解』
「会意。人と口とを組み合わせた形。人の前に祝詞を入れる器(ᆸ)を置いた形。君の字の作り方や意味が近い。それで后は古くは“王の后、后妃(きさき)” を意味した」

[考察]
「人+ᆸ(祝詞を入れる器)」の字形から、なぜ王の后の意味になるのかは、理解するのが難しい。「君の字の作り方や意味が近い」というが、これも疑問。あるいは「人」は后のことで、祝詞を唱えて神を呼び寄せることのできる巫祝の長(これが君)の奥さんが后というのであろうか。

意味は「言葉の意味」であり、言葉が使われる文脈にある。后の使われる文脈を見てみよう。
①原文:商之先后 受命不殆
 訓読:商の先后 命を受けて(あや)ふからず
 翻訳:商[殷]の先王は 天命を受けてしっかり立った――『詩経』商頌・玄鳥
②原文:天子之妃曰后。
 訓読:天子の妃を后と曰ふ。
 翻訳:天子の妻を后という――『礼記』曲礼

①は天子・王・君主の意味、②は天子・王の妻の意味である。后の最初の意味は「きみ」であり、「きさき」は転義である。これらを古典漢語ではɦug(呉音ではグ、漢音ではコウ)という。これを代替する視覚記号が后である。
后と司は鏡文字(左右反転形。裏返すと同形になる)である。鏡文字は互いに反対のイメージを作り出す。后は「匕(右向きの人)+口(穴)」、司は「人(左向きの人)+口(穴)」である。これらは何を暗示させるのか。人体の後方にある穴は肛門、前方にある穴は尿道である。もちろんそんな意味を表すのではなく、后は「うしろ」を暗示させる。司は「小さい」というイメージを表す。対称性に力点を置くと后は「大きい」→「分厚い」というイメージを表すこともある。
后は①の意味をもつ語を再現させる記号であるが、その理由は何か。后は「うしろ」のイメージを表す記号である。空間的イメージは時間的イメージにも転用できる。時間的には「あと」のイメージである。AのあとにBが続くのは後継ぎである。この後継ぎを表すのが后である。①は国を開いた最初の人(始祖)の後継ぎの王を后というのである。また王の後継ぎを生む人(天子や王の妻)という意味にも用いるようになった。これが②である。
なお后と後はイメージが極めて似ている。音も同じ。だからほとんど同語である。後には「尻・肛門」という意味があるのは面白い。鶏口牛後は鶏の口になっても牛の尻にはなるな(大の尻よりも小のトップがよい)という意味である。