「孝」

白川静『常用字解』
「会意。耂は長髪の老人を横から見た形である。これに子をそえて、子どもが老人によく仕えるの意味となる」

[考察]
「耂(老人)+子」を合わせただけの舌足らず(情報不足)な図形から、子どもが老人によく仕えるという意味を導いた。図形は何とでも解釈できる。なぜ「仕える」という意味素が現れるのか。それは孝の使い方(意味)があらかじめ分かっているからである。もし意味が分からなければ「耂+子」で「親おもい、孝行」という解釈が出るはずはない。
未知の文字を読み解くのは「解読」だが、漢字は未知の文字ではない。すでに古典で意味が知られている。問題は「解読」のようにして字形から意味を求める方法である。これを漢字の字源と称しているが、逆立ちした方法である。意味は知られているのだから、無意味なことである。
それでは正しい漢字の見方はどうあるべきか。言葉という視点から、その意味(古典で使われている言葉の意味) がなぜその形に表現されたか(成り立ち)を説明することである。形を恣意的に解釈しないための歯止めとして語源がある。語源と字源は切り離せない。
孝は古典で次の文脈で使われている。
 原文:有馮有翼 有孝有德
 訓読:馮ヒョウたる有り翼たる有り 孝有り徳有り
 翻訳:[君子の]威儀は盛んに整い 孝も徳も兼ね備えている――『詩経』大雅・巻阿

孝は子が親によく仕えて大事にするという意味で使われている。これを古典漢語ではhɔg(呉音ではケウ、漢音ではカウ)という。これを代替する視覚記号が孝である。
古人は「孝は好なり」と語源を説いている。好は「大切にかばう」というコアイメージがある(536「好」を見よ)。ここから、相手を大事にかわいがる(愛する)という意味が実現される。恋人をかわいがって大切にするのと同じように子が親を大事にすることがhɔgであり、この聴覚記号を図形に表現して「耂(老人)+子」の組み合わせとした。
図形から意味が出るのではなく、意味を図形に表したのである。漢字は字形→意味の方向に見るのではなく、意味→字形の方向に見るべきである。