「攻」

白川静『常用字解』
「会意。工は工作の道具。攴には打つの意味がある。工を用いて工作し、“器物を作る、おさめる” ことを攻という」

[考察]
工は明らかに音符であるが、形声ではなく会意と規定している。形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴なので、本項でもあえて会意とした。工(工作の道具)+攴(打つ)→工を用いて器物を作るという意味を導く。
攻にこんな意味はない。図形的解釈をストレートに意味としている。図形的解釈と意味の混同は白川漢字学説の特徴の一つである。
意味とは「言葉の意味」であり、文脈における言葉の使い方である。文脈を離れては意味は知りようがない。攻はどんな文脈で使われているかを見てみよう。
①原文:十則圍之、五則攻之。
 訓読:十なれば則ち之を囲み、五なれば則ち之を攻む。
 翻訳:[味方の数が敵より]十倍ならば包囲し、五倍ならば攻撃する――『孫子』謀攻
②原文:它山之石 可以攻玉
 訓読:它山の石 以て玉を攻(おさ)むべし
 翻訳:ほかの山のつまらぬ石も 玉を磨くくらいはできる――『詩経』小雅・鶴鳴

①は敵を撃つ(せめる)の意味、②は研磨する(みがく)の意味で使われている。この意味をもつ古典漢語がkung(呉音ではク、漢音ではコウ)である。これを代替する視覚記号として攻が考案された。
攻は「工(音・イメージ記号)+攴(限定符号)」と解析する。工は「突き通す」というイメージがある(525「工」を見よ)。攴は動作・行為などに関わる場面を設定する限定符号である。攻は物(城壁・堅塁など)を突き通す状況を暗示させる。この図形的意匠によって①の意味をもつkungを表記する。工を「工作」「しごと」という表層的な意味としては①とは関わりがないが、「突き通す」という深層に掘り下げると関わりが出てくる。このような言葉を同源という。同源とは音もコアイメージも共通ということである。
②の意味は「突き通す」というコアイメージから転義したもの。刃物を物体(玉や金属など)に突き入れてこする行為を攻という。研磨したり加工することである。