「効」
旧字体は「效」である。

白川静『常用字解』
「会意。古い字形は矢と攴(攵)とを組み合わせた形。攴には打つの意味がある。矢を殴って曲がった形の矢がらを正しく直す意味の字である。矢の形が直り、正しい結果がえられるので効(いた)すとよみ、正しい形に効(なら)うので倣効(まねする)といい、倣効の結果を効果という」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。交を音符とすると形声文字になるが、白川漢字学説は形声の説明原理を持たないので、会意で説く。交ではなく矢から意味を導く。しかし「矢+攴(打つ)」から「曲がった矢がらを打って正しく直す」という意味が出るだろうか。効にこんな意味はない。「矢の形が直り正しい結果が得られる」のが「いたす」の意味とはどういうことか。また「正しい形にならう」から「まねする」の意味になるというのも分からない。まねをした結果が効果(効き目)というのも理解しにくい。
「矢+攴」という字形からの意味展開に必然性と合理性があるとは思えない。字形から意味を導く方法自体に問題がある。むしろそれは間違った方法である。意味は「言葉の意味」であって字形にはないからである。
言葉という視点から効を見てみよう。効の使われた文脈には次の用例がある。
①原文:知崇禮卑、崇效天、卑法地。
 訓読:知は崇(たか)く礼は卑(ひく)し、崇きは天に効(なら)ひ、卑きは地に法(のっと)る。
 翻訳:知識は高く礼儀は低い。高いものは天を見倣い、低いものは地を手本とする――『易経』繫辞伝上
②原文:效死勿去。
 訓読:死を効(いた)すも去る勿れ。
 翻訳:たとい生命を捧げても逃げてはならない――『孟子』梁恵王下
③原文:不效公忠。
 訓読:公忠を効(いた)さず。
 翻訳:国家に対する忠義を尽くさない――『韓非子』三守
④原文:臣請奏其效。
 訓読:臣請ふ、其の効を奏せん。
 翻訳:どうかその効果を述べさせてください――『戦国策』秦策

①は「まねる、ならう」の意味で、これが古典漢語ɦɔg(呉音ではゲウ、漢音ではカウ)の最初(基本)の意味である。ここから②~④に展開する。ɦɔgという聴覚記号を視覚記号に切り換えたのが效である。これはどんな意匠をもつ図形か。
古典漢語では「まねる」ことから「まなぶ」の意味が生まれた。この意味転化は学(學)に見られる(192「学」を見よ)。「まねる」「まなぶ」の根底にあるのは「×形に交差する」というイメージである。交差のイメージは⇆でも表せる。AとBの間でA⇆Bの形にやりとりが行われる。これが「まねる」であり「まなぶ」である。
ɦɔg(效)は学や教と同源の語で、「×や⇆の形に交差する」というコアイメージをもつ。まねるもの(A)とまねられるもの(B)の間でA⇆Bの形にやりとりが行われる。この行為をɦɔgといい、效と表記される。
效は「交(音・イメージ記号)+攴(限定符号)」と解析する。交は「×形に交差する」というイメージがある(532「交」を見よ)。このイメージは「⇆形に行き交う」というイメージに展開する。攴は動作・行為に関わる限定符号である。したがって效はAが→の方向に知識を与えれば、それに応じて、Bが←の方向に知識をもらう状況を暗示させる。この図形的意匠によって、「まねる」「ならう」ことを意味するɦɔgを表記する。
意味はコアイメージによって展開する。「⇆形に交わる」「⇆形に行き交う」というコアイメージから、→の方向に何かを求めてくることに応じて、←の方向に与える(差し出す)という意味に展開する。これが②である。ここから、相手に力を尽くすという意味(③)、また、力を尽くした後に現れるしるし(効き目)という意味(④)に展開する。③④の意味に展開した段階で、効という字体が生じた。力という意味素が生まれたからである。だから效と効が併用された期間がある。