「幸」

白川静『常用字解』
「象形。手枷の形。幸はおそらく倖(さいわい)の意味であろう。手枷だけの刑罰ですむのは、僥倖であり、重い刑罰を免れるというので幸というのであろう」

[考察]
執や報に含まれる幸を手枷の象形文字と見たのは近代中国の文字学者(董作賓など)で、これを『説文解字』にある㚔(音は尼輒切、ネフ・デフ、niè)と同じとしている。しかし幸福の幸と同じと見て何らさしつかえない。なぜ手枷(昔の手錠)を表す幸が「さいわい」の意味になるのか明確な説明がない。せいぜい重い刑罰を免れることから「さいわい」の意味が出たという程度である。
幸は次のような文脈で使われている。
①原文:罔之生也、幸而免。
 訓読:之れ罔(な)くして生くるや、幸ひにして免る。
 翻訳:これ[正直な心]がなくて生きているのは、まぐれで助かっているだけだ――『論語』雍也
②原文:不幸而有疾。
 訓読:不幸にして疾有り。
 翻訳:[私には]運悪く病気がある――『孟子』公孫丑下

①は偶然の幸福(まぐれざいわい)の意味、②は運良く得られた幸せの意味で使われている。これを古典漢語ではɦĕng(呉音ではギヤウ、漢音ではカウ)という。これを代替する視覚記号として幸が考案された。
幸は辠ザイ(罪の異体字)、辜コ(罪の意味)、圉ギョ(牢屋)、睪エキ(罪人を面通しする形。66「駅」を見よ)などにも含まれており、手錠の図形である。しかし幸は手錠を意味するのではない。実体ではなく形態や機能に重点を置く。ɦĕngという語は刑・形・型などと同源で、「型」「型や枠にはめる」というコアイメージをもつ。このイメージを表すため手足にはめる枠である手錠を利用するのである。
漢語の意味論では「枠をはめる」「枠をかぶせる」というイメージから「枠からはみ出る」「枠を払いのける」というイメージに転化する場合がある。犯・氾・濫・敢・冒などはその例。「枠をはめる」というイメージから、はめられた枠を逃れようと望むというイメージが生まれる。これが実現された言葉がɦĕngであり、かなわぬ願いを得た幸せ、まぐれ幸いという意味である。要するに思いもよらぬ偶然の幸福である(①)。良い運に恵まれて幸せ(幸福)という意味(②)にもなる。
僥倖の倖(まぐれ幸い)が本来の意味である。射倖心の倖(まぐれ)もこれに由来する。