「侯」

白川静『常用字解』
「会意。古い字形は𥎦に作り、厂(屋根のひさしの形)と矢とを組み合わせた形。屋根の下に矢を放って、弓矢で家の周辺の邪気を祓う侯禳とよばれる儀礼を示す字である。のち屋根の上に人をかいた矦に作り、屋上で矢を放って邪気を祓う形とする。さらに儀礼につき従う人を加えて侯の字形とする。国の都から離れた周辺地域で、外敵の様子をうかがい、外敵の邪気を祓う者を侯・諸侯といった」


[考察]
矦は音符のはずだが、形声文字を会意的に説くのが白川漢字学説の特徴であるから、あえて会意と規定している。𥎦(屋根の下に矢を放って邪気を祓う儀礼)+人→矦(屋上で矢を放って邪気を祓う)+人→国の都から離れた周辺地域で、外敵の様子をうかがい、外敵の邪気を祓う者、というぐあいに意味を展開させる。
「外敵の邪気を祓う者」とはどういう人間か。宗教人(神主かシャーマンの類)なら話は分かるが、なぜこれが諸侯なのか、理解ができない。侯にこんな意味はあり得ない。意味とは「言葉の意味」であり、文脈で実際に使われる意味である。白川説は図形的解釈と意味を混同している。
侯は古典では次のように使われている。
①原文:終日射侯 不出正兮
 訓読:終日侯を射て 正を出でず
 翻訳:ひねもす的を射ても 中心点から外れない――『詩経』斉風・猗嗟
②原文:羔裘如濡 洵直且侯
 訓読:羔裘濡(うるほ)ふが如し 洵(まこと)に直くして且つ侯なり
 翻訳:黒い毛皮はしっとりと似合う 本当に素直で殿様のよう――『詩経』鄭風・羔裘

①は弓矢の的の意味、②は武人の頭領(大名、領主)の意味で使われている。これを意味する古典漢語がɦug(呉音ではグ、漢音ではコウ)である。これを代替する視覚記号が侯である。
侯は「𥎦(音・イメージ記号)+⺈(=人。限定符号)」と解析する。𥎦は「厂+矢」と分析する。厂は反や叚(假の右側)などにも含まれており、垂れた布の形。𥎦は矢で的を狙う情景を設定した図形である。的は矢を突き通すものであるから、ɦugという語は「突き通る」また「狭い穴を突き通す」というコアイメージがある。気道の入り口を喉といい、侯・喉などは口・胸・腔・肛・孔などと同源である。侯は矢を射て的に突き通す武人を暗示させる。この図形的意匠によって①②の意味をもつɦugを表記する。