「荒」

白川静『常用字解』
「形声。音符は巟コウ。巟は死者の形で、その残骨になお頭髪が残っている形。そのような死体が草の間に棄てられている状態を荒といい、飢饉の状態をいう」

[考察]
字形の解剖に疑問がある。巟を頭髪が残っている死者の残骨の形とするのは全体を象形文字と見たのであろうが、「亡+巛」に分析できるのは明らかである。巛は流の右下と同じで、川(水の流れる形)と同じである。
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴で、 巟(死者の残骨)+艸(草)→死体が草の間に棄てられた状態→飢饉の状態というぐあいに意味を展開させる。死体を野原に棄てることと飢饉の関係に必然性があるだろうか。飢饉とは食料が乏しい、食うものがなくひもじいという意味であって、死体を棄てることと言語上のつながりはない。
意味は「言葉の意味」であって字形に由来するものではない。言葉が具体的な文脈で使われる際の、その使い方に現れるものである。荒は古典でどんな文脈で使われているかを見てみよう。
①原文:哀恫中國 具贅卒荒
 訓読:哀恫するは中国 具(とも)に贅ゼイして卒(ことごと)く荒る
 翻訳:痛ましいかな中国は どこもかしこも荒れ放題――『詩経』大雅・桑柔
②原文:三曰喪荒之式。
 訓読:三に曰く喪荒の式。
 翻訳:[節約の必要な儀式の]三番目は葬式と凶年のときの儀式――『周礼』天官・大宰
③原文:顚覆厥德 荒湛于酒
 訓読:厥(そ)の徳を顚覆し 酒に荒湛す
 翻訳:おのれの徳を投げ捨てて 酒におぼれてすさむ――『詩経』大雅・抑

①は雑草が茂って土地が荒れる意味、②は作物が育たない(食糧が乏しい)の意味、③は仕事を放棄して遊びほうける(溺れてふける、すさむ)の意味で使われている。これを意味する古典漢語がhuang(呉音・漢音でクワウ)である。これを代替する視覚記号として荒が考案された。
荒は「巟コウ(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」と解析する。巟にコアイメージの源泉がある。巟はめったに使われない字で、荒の造形のための特別な記号である。巟は「亡(音・イメージ記号)+巛(=川。水の流れる形。イメージ補助記号また限定符号)」と分析できる。亡は「遮り止める」というイメージがある(「亡」で詳述するが、取りあえず198「喝」を見よ)。このイメージは「何かに遮られて(覆われて)姿が見えない」というイメージに展開する。したがって巟は一面に水に覆われて何も見えない情景を設定した図形である。これによって「(平面が)覆われて見えない」というイメージを表すことができる。かくて荒は地面が雑草に覆われている情景を暗示させる。この図形的意匠によって①の意味をもつhuangを表記する。
『詩経』では「葛藟之を荒(おお)ふ」(クズやカズラが他の木に覆いかぶさる)という用例もある。コアイメージがそものまま意味として実現されている。②は①から雑草に覆われて肝心の作物が育たないという意味を派生したもの。これが不作・飢饉の意味。③は心理的な意味に転じた場合である。②はみのりのない状態である。これを比喩として、みのりのない生活に溺れて精神的に荒廃するという意味である。