「航」

白川静『常用字解』
「形声。音符は亢。亢は頏(のど)の形で、直線的なものをいう。古くは大きな川を渡るのに筏を組んで作った浮橋を使用し、これを杭といった。筏に代えて舟を用いるようになって航という。舟を使って直線的に川を渡ることをいう字で、“ふね、わたる”の意味となる」

[考察]
おおむね妥当な説であるが、字形から意味を導くのに難点がある。
「(川を)わたる」という意味の古典漢語ɦang(呉音ではガウ、漢音ではカウ)があり、最初は杭を視覚記号とした。周代初期の『詩経』に出ている。戦国末期に杭が水上を渡るもの(ふね)という意味を派生した。漢代になって「ふね」を意味する航が出現した。以上は「川を渡る」から「水上を渡る工具」という意味に展開する語史について述べた。次は航の字源について。
航は「亢(音・イメージ記号)+舟(限定符号)」と解析する。亢はのどくびを描いた図形である。その形態的イメージから「↑の形にまっすぐ(高く)立つ」というイメージがある(542「抗」を見よ)。「↑」の形は視点を換えれば「→」の形にもなる。これから「横にまっすぐ伸びる」というイメージに展開する。したがって航は横にまっすぐ伸びた形状をした舟を暗示させる。次の漢代の文献に用例が出ている。
 原文:航在一汜。
 訓読:航、一汜に在り。
 翻訳:舟が一方の水際に停泊している――『淮南子』道応訓
航はふねの意味から、水上を渡る意味を派生する。この意味は最初に使われた杭の意味に戻ったわけである。