「降」

白川静『常用字解』
「会意。阜(阝) は天上の神が陟り降りするときに使う神の梯の形。夅は下向きの左右のあとを上下に並べた形で、くだるの意味を示す。神が神梯を降ることを降という」

[考察]
「神が神梯をくだる」という神話的な意味が降にあるだろうか。特殊な文脈では「神がくだる」の意味はあるかもしれないが、普通ではない。降は次のような文脈で使われている。
①原文:或降于阿 或飲于池
 訓読:或いは阿より降(くだ)り 或いは池に飲む
 翻訳:[家畜たちは]丘から降りてくるものもあれば 池に飲むものもある――『詩経』小雅・無羊
②原文:若時雨之降、莫不説喜。
 訓読:時雨の降るが若(ごと)く、説喜せざるは莫し。
 翻訳:恵みの雨が降るように、喜ばないものはない――『荀子』議兵
③原文:昊天不惠 降此大戾
 訓読:昊天恵あらず 此の大戻を降す
 翻訳:天は恵みを垂れず 大いなる罪を下した――『詩経』小雅・節南山
④原文:不降其志。
 訓読:其の志を降さず。
 翻訳:[逸民たちは]高い志を落とさなかった――『論語』微子

①は高い所から(歩いて)おりる意味、②は高い所から一気に落ちてくる意味、③は上から下の方に下し与える意味、④は高い順位・価値などを低い方へ落とす意味で使われている。これを意味する言葉を古典漢語ではkŭng(呉音ではコウ、漢音ではカウ)という。これを代替する視覚記号として降が考案された。
降は「夅コウ(音・イメージ記号)+阜(限定符号)」と解析する。夅は「夂(下向きの足)+㐄(夂の鏡文字)」を合わせて、左右の両足が互い違いにおりてくる情景を設定した図形。阜は積み上げた土の形で、盛り土・段々や山・丘などに関わる限定符号である。したがって降は高い所から歩いて下方におりてくる情景を暗示させる。
①が基本の意味であり、②~④へ転義する。『詩経』では「文王陟降し、帝の左右に在り」(文王は天に上り下りし、上帝の側におわします)という用例もあるが、この降も①の意味であり、白川のいうような「神」や「梯」が意味素に含まれるわけではない。