「康」

白川静『常用字解』
「会意。庚と米とを組み合わせた形。庚は両手で午(杵)を持って穀物をつき、脱穀・精白する形。下の米を置くのは、米の皮を取り去って精米するの意味である。古くは“やすらか” の意味があった」

[考察]
「精米する」の意味と「やすらか」に何の関係があるのか。形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが白川漢字学説であるが、会意でも「やすらか」の意味の説明ができない。
庚コウは明らかに音符であるから形声のはず。形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて、造語・造形を説明する方法である。それには言葉という視点に立つことが重要である。まず康はどんな文脈で使われ、どんな意味に使われているかを調べる必要がある。
①原文:無已大康 職思其居
 訓読:已(すで)に大康なること無ければ 職として其の居を思ふ
 翻訳:すでに世の安楽も無いからは 専ら思うは家のこと――『詩経』唐風・蟋蟀
②原文:四體康且直
 訓読:四体は康且つ直なり
 翻訳:体は丈夫でしゃんとしている――『玉台新詠』古詩

①は危なげがなく安泰である(やすらか)の意味、②は体が丈夫ですこやかの意味で使われている。これを意味する言葉を古典漢語ではk'ang(呉音・漢音でカウ)という。これを代替する視覚記号として康が考案された。
康は「庚+米」に分析できる(篆文の字体)。庚は分析が困難だが、古代文字に遡ると「干+廾」と判明する。干は太い竿や棒の形で、「長い心棒」「固くて強い心棒」というイメージがある(204「干」を見よ)。「干(イメージ記号)+廾(両手の動作に関わる限定符号)」を合わせた庚は、脱穀するのに用いる固い木の棒を暗示させる。ただし実体に焦点があるのではなく形態や機能に焦点がある。庚は「固く筋が通っている」というイメージを表す記号になりうる。「庚(音・イメージ記号)+米(限定符号)」を合わせた康は、種子を脱落させた後に残る筋張って固いもの、すなわちもみ殻を暗示させる図形。ここでも実体に焦点があるのではなく形態や機能に焦点がある。「固く筋が通っている」というイメージは「丈夫で崩れず危なげがない(安定している)」というイメージに展開する。したがって①の意味に康を用いることができる。②もこのコアイメージから生まれる。