「慌」

白川静『常用字解』
「形声。音符は荒。荒は頭髪が乱れている死体が草の間に棄られている状態をいう。そのような生死に関わる危険な事態が目前にせまっている状態を荒といい、おそれあわてることを恐慌という」

[考察]
形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。荒(死体が草の間に棄てられている→危険な事態が目前に迫る)+心→あわてると意味を導く。
死体が棄てられている状態から、「危険な事態が目前に迫っている事態」という意味になるだろうか。危険どころか死んでいるから手遅れであろう。だいたい荒に「危険が目前に迫っている状態」という意味があるだろうか。
意味の展開に必然性・合理性がない。
慌は古典でどのように使われているかを見てみよう。
 原文:何夫慌惚之有也。
 訓読:何ぞ夫れ慌惚として之れ有るや。
 翻訳:それはぼんやりとして何も見えない――『礼記』射義
慌は心がぼうっとする、あるいは、ぼんやりとして何も見えないという意味で使われている。これを古典漢語ではhuang(呉音・漢音でクワウ)といい、慌で表記する。
慌は「荒(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。荒は「遮られて(覆われて)姿が見えない」というイメージがある(556「荒」を見よ)。したがって慌は心がぼんやりとして何も目に入らない状況を暗示させる。この図形的意匠によって上記の意味をもつhuangを表記する。
日本語では慌を「あわてる」の意味に使うが、これは日本的展開である。