「溝」

白川静『常用字解』
「形声。音符は冓。冓は同じ形の飾り紐を上下に繋ぎ合わせた形。二つの水路が繫がるように水路を掘り開くことを溝といい、それで溝は灌漑用などのために人工的に掘った“みぞ”をいう」

[考察]
「同じ形の飾り紐を上下に繫げた形」はㅁ-ㅁのような形であろうか。二つの水路をㅁ-ㅁの形に繫げて掘るとはどういうことか。なぜ別々に水路を掘り、それを繫げるのか。字の形から引き出した意味である。実際に使用される意味は通水路である。次の用例がある。
 原文:卑宮室而盡力乎溝洫。
 訓読:宮室を卑(ひく)くして溝洫コウキョクに力を尽くす。
 翻訳:[夏の禹王は]建物を低くし、用水路造りに人力した――『論語』泰伯
溝は用水路・通水路の意味で使われている。最初は人工的な通水路であったが、自然界における水路の意味にも転用された。
溝は「冓(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。冓は上下に同じ形が反対向き(→←の形)になっていることを示す象徴的符号である。上下同形なので上下・左右相称のイメージを作り出せる。だから冓はバランスよく組み立てる」というイメージを表すことができる。このイメージは構造・構築の構によく現れている。木や石などの材料をバランスよく組み立てて造った水路を暗示させるのが溝の図形的意匠である。