「綱」

白川静『常用字解』
「形声。音符は岡。岡は鋳物を作るとき、その鋳型に火を加える形で、高熱で鋳型を焼き固めることを示す。岡には堅く強いの意味がある。それで紐をより合わせて、頑丈で切れないものを綱という」

[考察]
岡に「高熱で鋳型を焼き固めること」や「堅く強い」の意味があるだろうか。これが「おか」とどんな関係があるのか、理解できない。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。図形的解釈をそのまま意味とするから、あり得ない意味がまれる傾向がある。意味とは「言葉の意味」であって、言葉が文脈で実際に使われる、その使い方である。
綱は古典で次の用例がある。
 原文:若網在綱、有條而不紊。
 訓読:網の綱に在るが若(ごと)く、条有りて紊(みだ)れず。
 翻訳:網が綱につながれているように、条理がきちんとあって乱れない――『書経』盤庚

綱は頑丈な縄(太づな)の意味で使われている。上の文脈では網を支えることのできる頑丈な太い縄のことを言っている。これを古典漢語ではkang(呉音・漢音でカウ)という。これを代替する視覚記号が綱である。
綱は「岡コウ(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。岡は古典の注釈に「山脊(山の背)なり」とある通り山の尾根のことである。山の尾根は背筋のように筋をなしており、また、筋張った形なので「筋張って堅い」というイメージもある。岡は「网(罔)+山」と分析できる。网は鳥を捕らえるために冂形の綱の枠に網を張った図形である。形態的イメージを取り、「冂形に立つ」というイメージを表すことができる。したがって岡は冂形に切り立った山の背を暗示させる。山の背をkangという。kangという言葉は庚・康などと同源で「筋張って堅い」というイメージを示す記号になる。かくて綱の語源も明らかになった。上記の文献にも見えるように、網を張るときに、網を支える堅くて丈夫な縄を暗示させる図形が綱である。もちろんkang(綱)は網を支えるつなに限定されるのではなく、一般に太づなのことである。