「稿」

白川静『常用字解』
「形声。音符は高。高は白骨化した死者の骨に、祝詞を入れる器( ᆸ)をそえたもので、死者を骨を弔うの意味である。白骨化した骨であるから、高には白く滑らかという意味がある。麦わらの乾いて光沢のあるものを稿という。“下書き、走り書き”を稿というのは、下書きには粗悪な紙を使ったからであろう」

[考察]
565「高」の項では「城門に祝詞を供えて、悪霊が入り込まぬようにお祓いをする」ことが高といい、ここでは「死者の骨を弔う」ことという。不統一である。だいたい高に「悪霊の入らぬようお祓いする」とか「死者の骨を弔う」とか「白く滑らか」などといった意味はない。
字形から意味を導くのが白川漢字学説であるが、得てして恣意的な解釈に陥りがちである。それは言葉という視点がなく、語源による歯止めがないからである。
稿が「わら」の意味であることは次の用例から分かることである。
 原文:蓋具稿枲、財自足、以燭穴中。
 訓読:蓋し稿枲コウシを具(そな)へ、財自ら足り、以て穴中を燭(て)らす。
 翻訳:稲の藁や麻の茎を備えているから、[照明の]原料は穴の中を照らすに十分ある――『墨子』備穴

稿は「高(音・イメージ記号)+禾(限定符号)」と解析する。高は「高く上がる」というイメージがある(565「高」を見よ)。水分が蒸発すると乾くという物理現象がある。だから「高く上がる」というイメージは「乾く」というイメージと結びつく。乾という漢字も「高く上がる」というコアイメージから「かわく」という意味が実現された。ただし高では「乾く」という意味は実現されなかったが、「高く上がる」が「乾く」のイメージに連合するのである。かくて稿は稲の穂を取り去って乾かした茎、つまりわらを暗示させる。