「衡」

白川静『常用字解』
「会意。行と角と大とを組み合わせた形。行は十字路の形で、交叉する道。角は牛の角。大は牛の体を上から見た形。衡は道にいる角木をつけた牛を正面から見た形である。衡は牛車や馬車の轅の前端につける横木、“くびき” で、牛に引かせるためのものである。横木であるから“よこ、よこにわたすもの”の意味となる」

[考察]
行は明らかに音符であるが、白川漢字学説には形声の説明原理がないので、すべて会意的に説く特徴がある。本項でも行を道とし、衡を「道にいる角木をつけた牛」の形とする。大を「牛の体を上から見た形」というが、どのようにして上から見るのであろうか。大は人の形であることは動かせない。衡の場合だけ牛の形とは解せない。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の特徴であるが、道にいる角木をつけた牛→牛車の前端につける横木という意味を導くことは合理性がない。
衡は古典で次の用例がある。
①原文:夏而楅衡
 訓読:夏には衡を楅フクす
 翻訳:夏には牛の角に横木をつける――『詩経』商頌・閟宮
②原文:簟茀錯衡
 訓読:簟茀テンフツ錯衡
 翻訳:竹のカーテンと、彩られた横木――『詩経』大雅・韓奕
③原文:衡門之下 可以棲遲
 訓読:衡門の下 以て棲遅すべし
 翻訳:冠木門の家でも 暮らしはできる――『詩経』陳風・衡門
④原文:衡從其畝
 訓読:其の畝を衡従コウショウにす
 翻訳:畝を縦横に作る――『詩経』斉風・南山

①は牛の角を縛る横木、②は車の轅に架け渡す横木、③は門柱に架け渡す横木、④は横の意味である。これを意味する古典漢語がɦăng(呉音ではギヤウ、漢音ではカウ)である。これを代替する視覚記号として衡が考案された。
衡は「行(音・イメージ記号)+角+大(ともにイメージ補助記号)」と解析する。行は「まっすぐな筋をなす」というイメージがある(539「行」を見よ)。 角は牛の角に関わる場面を設定するために持ってきた。だから限定符号と考えてもよい。大は文字通りの意味。衡は牛の角に大きな棒をまっすぐに架け渡す情景を設定した図形である。棒をつけるのは物や人に触れて傷つけないようにするためであると古人は説明している。この図形的意匠によって①の意味をもつɦăngを表記する。②以下は①から展開した意味である。