「鋼」

白川静『常用字解』
「形声。音符は岡。岡は鋳物を作るときに使う鋳型を土で作り、下から火を加えて焼き固める形で、堅くなった鋳型である。鍛えて剛(かた)い性質の鉄を鋼という」

[考察]
岡に「堅くなった鋳型」という意味があるはずもない。綱・鋼・剛を説明するために、あり得ない意味を創造したというほかはない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、会意的に説こうとするから、字形を恣意的に解釈する傾向がある。それは言葉という視座がなく、言葉の深層構造に掘り下げる語源的探求の方法を欠いているためである。
岡は山に関係があることは言うまでもない。古典の注釈では「岡は山脊なり」とある。山脊とは山の尾根である。背筋のように頂上を走る地形である。「背筋のように筋張っている」という形状のイメージから「筋張って堅い」という物理的イメージに転化する。イメージは類似性などのメタファーにより境界を飛び越えてさまざまに転化する。岡は「筋張って堅い」「堅くて強い」というイメージを示す記号になる(577「綱」を見よ)。
鋼は「岡(音・イメージ記号)+金(限定符号)」を合わせて、鍛えて堅く丈夫にした金属を暗示させる。この意匠によって「はがね」の意味をもつ古典漢語kang(呉音・漢音でカウ)を表記する。