「号」
正字(旧字体)は「號」である。

白川静『常用漢字論』
「形声。音符は号。口はᆸで、祝詞を入れる器の形。丂は木の枝の形。祈り願うことが実現するよう、大声で泣き叫んで神に訴えることを号という。号に虎を加えているのは、泣き叫ぶ大きな声を虎の咆哮するのにたとえたのであろう」

[考察]
ᆸ(祝詞を入れる器)と丂(木の枝)から、なぜ「祈り願うことが実現するよう、大声で泣き叫んで神に訴える」という意味が出るのか、皆目見当がつかない。泣き叫んで神に訴えるという事態も想像できない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、会意的に説く方法を取るので、上のような不自然な字源説になる。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて、語源的に解明する方法である。言葉という視点に立ち、まず號の使われ方を文脈で見てみよう。
①原文:賓既醉止 載號載呶
 訓読:賓既に酔ひ 載(すなは)ち号し載ち呶ドウす
 翻訳:客人はすでに酒に酔い どなり合い騒ぎ合う――『詩経』小雅・賓之初筵
②原文:終日號而不嗄。
 訓読:終日号(さけ)べども嗄れず。
 翻訳:[赤ん坊は]一日中泣き叫んでも声はかれない――『老子』第五十五章

①は大声でさけぶ意味、②は泣きさけぶ意味で使われている。これを古典漢語ではɦɔg(呉音ではガウ、漢音ではカウ)という。これを代替する視覚記号として號が考案された。
號は「号(音・イメージ記号)+虎(限定符号)」と解析する。号は「口+丂」に分析できる。丂は「(伸び出ようとするものが)一線でつかえて曲がる」というイメージがある(322「朽」、538「考」を見よ)。まっすぐに進んでいくものが何かにつかえて進まないのは、障害物や摩擦がある場合である。だから「つかえて曲がる」というイメージは「摩擦があって物が直進できずにつかえる」と言い換えてもよい。口から音を出す場合、音がどこかにつかえて(喉に摩擦が生じて)かすれることがある。このように「つかえて曲がる」「摩擦があってつかえる」のイメージから「(音声が直進できずに)かすれる」というイメージが生まれる。「丂コウ(音・イメージ記号)+口(限定符号)」を合わせた号は、息が喉につかえてかすれた声を出す状況という意匠を作り出している。これだけで①の意味をもつɦɔgを表記できるが、字体が複雑化して「号+虎」となった。虎はトラと関係のある場面を設定するための限定符号である。比喩的限定符号と見てもよい。虎は意味素に入らない。「トラがほえる」という意味ではなく、意味は「大声でさけぶ」である。