「合」

白川静『常用漢字論』
「象形。口の上に蓋をしている形。口はᆸで、祝詞を入れる器の形。器と蓋とが相合うことを合という」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。図形の解釈をストレートに意味とするところに特徴がある。
しかし意味は字形にあるのではなく言葉にある。言葉(記号素)は音と意味の結合体というのが言語学の定義である。だから意味は言葉に内在する概念である。
白川漢字学説は言葉という視点がない。そうすると字形から意味を求める以外にないが、往々にして言葉の意味とは違う意味が出てくる。上の「器と蓋が合う」も言葉の意味ではない。図形的解釈と意味が混同されている。意味を求めるには具体的な文脈しかない。合は次のような文脈で使われている。
①原文:蚌合而拑其喙。
 訓読:蚌合して其の喙を拑(はさ)む。
 翻訳:ドブガイは口を閉じてその[鳥の]くちばしを挟んだ――『戦国策』燕策
②原文:妻子好合 如鼓琴瑟
 訓読:妻子好合し 琴瑟を鼓するが如し
 翻訳:妻子は愛して心が合った 大琴小琴を奏でるように――『詩経』小雅・常棣

①は二つのものがぴったり合わさる(隙間なくぴったり合う)という意味、②は意見や気持ちが合って一つになる意味で使われている。これを古典漢語ではɦəp(呉音ではゴフ、漢音ではカフ)という。これを代替する視覚記号として合が考案された。
白川は合の口を祝詞を入れる器としたが、①の意味を表すのになぜ祝詞が関係があるのか。なぜ祝詞を器に入れるのか。なぜ器に蓋をするのか。この字源説に合理性があるとは思えない。単純に「亼(ふた)+口(入れ物)」とすれば済むことである。この図形で「(蓋をかぶせて)ふさぐ」「隙間なくぴったり合う」というイメージを表現できる。