「豪」

白川静『常用字解』
「形声。音符は高の省略形。字の下部は豕シ、あるいは彖タンで、長い毛の獣である。毛深くて強い獣であるらしく、西方の高山地帯にはそのような獣が多かったのであろう」

[考察]
高の説明はなく、豕や彖から長い毛の獣→毛深くて強い獣という意味を導く。
形声文字は「A(音・イメージ記号)+B(限定符号」という造形法を取る。Aが言葉の深層構造に関わる部分、Bが言葉の意味領域が何に関わるかを限定する符号の働きをする。BよりもAが言葉の中心部である。上の字源説は高ではなく限定符号の豕・彖に重心を置いている。これは形声の説明原理になっていない。
言葉という視点から漢字を見るのが大切である。豪は次のような文脈に登場する。
①原文:有獸焉、其狀如豚而白毛(・・・)名曰豪彘。
 訓読:獣有り、其の状は豚の如くして白毛(・・・)名を豪彘ゴウテイと曰ふ。
 翻訳:姿が豚に似、毛の白い獣がいる。名はヤマアラシという――『山海経』西山経
②原文:彼所謂豪傑之士也。
 訓読:彼は所謂(いわゆる)豪傑の士なり。
 翻訳:彼こそ世間でいう優れた人物である――『孟子』滕文公上

①はヤマアラシの意味、②は才能や力量が高く抜け出た人の意味で使われている。これを古典漢語ではɦɔg(呉音ではガウ、漢音ではカウ)という。これを代替する視覚記号を豪と書く。
高が言葉の根底(核)にあるコアイメージを表している。これは「↑の形に高く上がる」というイメージである(565「高」を見よ)。豪は「高(音・イメージ記号)+豕(限定符号)」を合わせたもの(籀文の字体)。豕はイノシシなどと似た獣の類に関わる限定符号(篆文では㣇になっている。彖ではない)。敵に出会うと鋭い毛を↑の形に上げて威嚇する習性のある獣、すなわちヤマアラシを暗示させる図形である。
意味はコアイメージによって展開する。「高く上がる」というコアイメージから、力や才能が他よりひときわ高く抜け出た人(他より優れた人)の意味、また、勢力の飛び抜けた人の意味(土豪・富豪の豪)に展開する。