「克」

白川静『常用字解』
「象形。把手のついている彫刻刀の形。克は刻鑿(深く彫りこむこと)の器の形であり、これを使えば容易に木を刻んで穴をあけることができるので、“よくする、かつ”の意味に用いる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。彫刻刀(刻鑿の器)→容易に木を刻んで穴をあけることができる→よくする・かつという意味を導く。「よくする」は「よくできる」ことだから何となく分かるが、「かつ」はどういう関わりがあるのか分からない。この意味展開に必然性があるとは思えない。
白川漢字学説には言葉という視点が欠けている。言葉の深層構造を探求しないと意味の捉え方も不十分である。まず克の使われている文脈を尋ねてみよう。
①原文:既克淮夷 孔淑不逆
 訓読:既に淮夷に克ち 孔(はなは)だ淑(よ)く逆らはず
 翻訳:淮のえびすに打ち勝った今 とても従順で逆らわなくなった――『詩経』魯頌・泮水
②原文:析薪如之何 匪斧不克
 訓読:薪を析(さ)くに之を如何(いかん)せん 斧に匪(あら)ざれば克(よ)くせず
 翻訳:薪を割るにはどうすべき 斧がなければよくできぬ――『詩経』斉風・南山

①は耐え抜いて打ち勝つ意味、②は何かをよくできる意味で使われている。これを古典漢語でk'ək(呉音・漢音でコク)という。これを代替する視覚記号として克が考案された。
k'ək(克)の深層構造を探求したのは藤堂明保である。藤堂は克は亟・亙・戒・改・革などと同源で、「ぴんと張る」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。克は極(上下に張り詰める)・該(全体に張り渡る)・恒(たるみなく張り詰める)と非常に近く、k'əkは「たるみなく張り詰める」というコアイメージをもつ語と考えてよい。①は全身に力をたるみなく張り詰めて頑張るというイメージが実現された意味である。
図形の克については諸説があるが、羅振玉(近代の文字学者)が人が冑を戴く形と解したのが妥当である。克は頭に冑のようなものを戴き、背を曲げている人を図にしたものである。体にぐっと力を込めて、重みに耐え抜いて頑張る状況を暗示させている。この図形的意匠によって①の意味をもつk'əkを表記するのである。耐え抜いて頑張った結果よくできるという意味に転じたのが②である。
最初に戻ると、字形から意味を導くのは逆立ちした文字学である。言葉の意味を図形に表現するためにどんな工夫がなされたかを探求するのがまっとうな漢字の見方である。