「刻」

白川静『常用字解』
「形声。音符は亥。亥はもと獣の形であるから、獣の死体を刀を使って切り解く、“きざむ” ことをいう字であろう」

[考察]
形声の説明原理を持たず、会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。亥(獣)+刀→獣の死体を刀で切り解くという意味を導く。ここで疑問。獣の死体を切り解くとはどういうことか。何のためか。獣の死体を切り解くことが「きざむ」の意味になるだろうか。
白川漢字学説は言葉という視点がないため、字形から意味を導く。その根拠は字形に意味があるとすることで、字形から意味を導く方法を「字形学」と称している。
しかしこれは言語学に反する方法である。言語学では言葉(記号素)は音と意味の結合体で、意味は言葉に内在する概念と定義している。
意味は言葉が具体的文脈で使用されて初めて分かることである。文脈がなければ意味の取りようがない。刻はどんな文脈で使われるかを古典に尋ねてみよう。
 原文:王三月、刻桓宮桷。
 訓読:王の三月、桓宮の桷に刻む。
 翻訳:王の三月に桓宮のたるきに彫刻した――『春秋』荘公二十四年

刻はナイフできざむ、また、装飾(絵や文字など)をきざみつける意味で使われている。これを古典漢語ではk' ək(呉音・漢音でコク)という。この聴覚記号を代替する視覚記号が刻である。
k' ək(刻)の語源について王力(現代中国の言語学者)は契(きざむ)・鍥(きざむ)と同源としている(『王力古漢語字典』)。「きざむ」とは物に切れ目を入れる行為である。木などに刃物で切れ目を入れるとぎざぎざの形(∧や∨の形)ができる。きざむ(原因)とぎざぎざの形(結果)を入れ換えるレトリックで生まれた語がk' ək(刻)である。契が「切れ目を入れる」に重点を置く語であるのに対し、刻は「ぎざぎざの形」に重点を置く語である。
次に字源は「亥(音・イメージ記号)+刀(限定符号)」と解析する。亥は獣の骨骼の図形であるが、骨格という実体に重点があるのではなく、形態や形質に重点がある。形態からは「全体に張り詰める」というイメージ、形質からは「ごつごつと固い」というイメージがある(169「劾」を見よ)。ごつごつした形はぎざぎざざ(∧や∨)の形でもある。したがって刻はナイフで素材にごつごつ・ぎざぎざした切れ目(∧や∨のとがった形)をつけて削る情景を暗示させる。この図形的意匠によって上記の意味をもつk' əkを表記する。