「国」
正字(旧字体)は「國」である。

白川静『常用字解』
「会意。或は囗(都市をとりかこんでいる城壁の形)の周辺を戈で守る形で、國のもとの字である。或がのちに“或いは”のように用いられるようになり、或に囗を加えて國とし、武装した国の都をいう。のち“くに”の意味に用いる」

[考察]
疑問点①或ワクと國コクは音のつながりがあるから会意ではなく形声であろう。②或の中にある小さな「口」を囗(都市を囲む城壁)とするのが疑問。③戈を重視して、國を「武装した国の都」の意味とするのも疑問。④後に「くに」の意味になったというのも疑問。
國がどのように古典で使われているかを見てみよう。
①原文:憂心慘慘 念國之爲虐
 訓読:憂心惨惨たり 国の虐を為すを念ふ
 翻訳:いたましい心の憂い 国のむごい仕打ちを思えば――『詩経』大雅・正月
②原文:心之憂矣 聊以行國
 訓読:心の憂ひ 聊か以て国に行かん
 翻訳:憂いがいっぱい胸のうち ふるさとにでも帰りたい――『詩経』魏風・園有桃

①はくにの意味、②は生まれ育った土地(ふるさと)の意味で使われている。「くに」のことを古典漢語でkuək(呉音・漢音でコク)という。これを代替する視覚記号が國である。
國と域は非常に近い。音が似ており、コアイメージも共通である(31「域」を見よ))。或は「口+一+戈」の三つの符号から成る。口は「くち」ではなく、場所を示す符号、一は線引きをする符号である。口の上下に一をつけた場合、あるいは口の上下に一(横線)と左右に|(縦線)をつけた場合もある。これらは周囲を区切ることを示している。戈はほこの形であるが、戦争の武器に限定する必要はない。単に道具を示すための符号として使われることもある(例えば識の戈は印をつける道具)。これら三つの符号を組み合わせた或は、道具を用いて線引きをして、一定の場所(範囲)を区切る情景を暗示させる。この図形的意匠によって「ある範囲(枠)を区切る」というイメージを表すことができる。
「或(音・イメージ記号)+囗(限定符号)」を合わせたのが國である。或は上記の通り「ある範囲(枠)を区切る」というイメージ。囗は囲いと関係があることを示す限定符号。したがって國は周囲を境界線で区切った領土を暗示させる。この意匠によって①のkuəkを表記するのである。