「獄」

白川静『常用字解』
「会意。言と㹜ギンとを組み合わせた形。言は祝詞を入れる器(ᆸ)の上に、入れ墨をするときに使う大きな辛はりを置き、もし盟約に偽りがあるときは入れ墨の刑罰を受けますと神に誓いをたてることばである。㹜は訴訟の当事者双方から提出される犠牲の犬である。犠牲の犬をさし出し、神に宣誓して訴訟が開始されることをいう字で、もと裁判をいう字であるが、裁判に負けて有罪となった者を収容する“ひとや”をもいう」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。言(神に誓いを立てることば)+㹜(犠牲の犬)→犠牲の犬を差し出し神に宣誓して訴訟が開始されること→裁判という意味を導く。
言の解釈の疑問は489「言」で述べた。「神に誓いを立てることば」とはあり得ない意味である。
古代の裁判について「法」の項では、「祝詞を唱え、偽りがあれば罰を受けますと神に誓って行う神判の形式で行われた。これ(羊に似た神聖な獣)が原告・被告の双方から提出されて裁判が行われた」とある。本項では犬が提出されるという。どちらも想像の域を出ない(証拠がない)。
字形から意味を導く方法に問題がある。言葉という視点がない。意味とは「言葉の意味」であって字形から求めるものではない。言葉が使われる文脈から判断し理解するものである。獄は古典に次の用例がある。
①原文:何以速我獄
 訓読:何を以て我が獄に速(まね)かる
 翻訳:なんで私の裁判に呼ばれたのか――『詩経』召南・行露
②原文:宜岸宜獄
 訓読:岸ガンに宜し獄 に宜し
 翻訳:[哀れな彼らは]牢屋につながれるのがふさわしい――『詩経』小雅・小宛

①は裁判の意味、②は牢屋の意味で使われている。これを古典漢語ではngiuk(呉音ではゴク、漢音ではギョク)という。これを代替する視覚記号として獄が考案された。
語源について古人は「獄は确カク(ごつごつと固い)なり」「獄は埆カク(固い)なり」と言っている。藤堂明保は玉・岳と同源で「ごつごつと堅い」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。ngiukという語には「ごつごつと角立っている」というイメージがあり、嶽(=岳。切り立って険しい山)にこのイメージがはっきり生きている。
次に字源について。「言+㹜」に分析できる。言はことばの意味だが、その深層構造には「区切りをつける」というコアイメージがある(489「言」を見よ)。「区切りをつける」というイメージは「けじめ(区別)をつける」「AかBか(白か黒か、是か非か)をはっきりさせる」というイメージに展開しうる。㹜は犬を二つ合わせて、二匹の犬が喧嘩をする様子を示す(犾ギンは「争う」の意味がある)。したがって獄は「言(イメージ記号)+㹜(イメージ補助記号)」と解析する。争う二匹の犬を比喩として、その場面を設定する。つまり二匹の犬がいがみ合って勝ち負けを争う情景を設定したのが獄である。この図形的意匠によって、原告と被告が対立して白黒をつけようと争うこと、つまり裁判を暗示させる。
字源に語源はどう関わっているのか。図形には語源である「ごつごつと角立っている」というイメージが反映されていないように見える。しかし対立していがみ合い、言い争う行為には「かみ合わないでとげとげしい」「心理的、感情的に険しい」というイメージが含まれている。これは「ごつごつと角立っている」というイメージと同じである。「固い」と「角立つ」のイメージの連関は厳にも見られる(496「厳」を見よ)。