「今」

白川静『常用字解』
「仮借。もと象形の字で、壺形の器や瓶の蓋の形。今を蓋の意味に用いることはなく、時の今昔の“いま” の意味に用いるのは、その音を借りて用いる仮借の用法である」

[考察]
漢字の成り立ちを説明する伝統用語に象形・指事・会意・形声・転注・仮借(併せて六書という)があるが、形声までの四つは字形の構造を説明し、残りの二つは応用を説明する。仮借とはaの意味を表す文字Aがない(創造できない)ため、bを意味する文字Bを借りて、Aの代わりをさせるというもの。今が仮借とはどういうことか。甲骨文字でも「いま」を意味する文字は「今」である。どこにも仮借はない。なぜ「今」が「いま」の意味であるかを説明できないため、仮借とせざるを得なかっただけであろう。仮借説が成り立たないことは139「我」でも述べた。
なぜ今が「いま」の意味だと説明できないのか。これは漢字の見方に関わる重要な点である。漢字の造形法は実体よりも形態や機能に重点があるのである。器の蓋は実体である。しかしこれに留まると言葉の説明ができない。今は蓋という意味ではないのである。蓋の機能に着目する必要がある。蓋は物にかぶせる働きをする。「かぶせる」「中をふさぐ」「閉じ込める」というイメージに重点があるのである。
このイメージによってなぜ時間の観念を表そうとするのか。時間は捉えどころがない。いにしえ(過去・昔)は物の古くなった状態から発想して古という記号が生まれたが、「いま、現在」はもっと捉えどころがない。いまとは一瞬の短い時間である。時間が直線的に流れていくという考えは人類に共通の観念であろう。―――→の形に流れていくものを一点で押さえて物にする。こうすれば瞬間をつかまえることができる。「上からかぶせて押さえ込む」「中に入れてふさぐ」というイメージを表す言葉がkiəmであり、これが「この瞬間、いま」という時間の創造なのである。
この言葉、kiəmは「今」と図形化された。甲骨文字から現在まで変わらない文字である。甲骨文字では「亼(かぶせるもの、覆いや蓋)+ ▬(ある物)」となっている。物に蓋をかぶせて押さえ込む状況を暗示させる図形である。篆文以後は▬がフのように変形した。
今は禽獣の禽(鳥を捕まえる、また、捕らえた鳥) に「押さえ込む」「中に入れてふさぐ」のイメージがはっきり生きている。また含・吟・金・琴・念・陰などが同系列語として創作されている。これらにも「かぶさる」「ふさぐ」「中に閉じ込める」というコアイメージが脈々と流れている。