「昆」

白川静『常用字解』
「象形。昆虫の形。比の部分がその足に当たる。昆弟のように兄弟の意味に使うのは晜コン(あに)の仮借の用法である」

[考察] 
 字形の解釈に疑問がある。字形と意味が結びつかない。昆自体に昆虫という意味がないのである。昆は多く集まる仲間という意味で、群れをなすから昆虫という。また「あに」の意味を仮借とするが、これも疑問である。
では昆の意味と図形はどう関わっているのか。まず古典における用例を見てみよう。
①原文:垂裕後昆。
 訓読:裕を後昆に垂る。
 翻訳:豊かな業績を後の子孫に残す――『書経』仲虺之誥
②原文:謂他人昆 亦莫我聞
 訓読:他人を昆と謂ふも 亦我を聞きこと莫し
 翻訳:赤の他人を兄と呼んだのに 彼は私に耳を貸さなかった――『詩経』王風・葛藟

①は多く集まった仲間、特に兄弟とその後に続く世代(子孫)の意味、②は兄弟のうちで大きい方(兄)の意味で使われている。これを意味する古典漢語がkuən(呉音・漢音でコン)である。これを代替する視覚記号として昆が考案された。
昆は「日+比」に分析する。日は太陽であるが実体ではなく形態のイメージが取られる。つまい「丸い」「円形」のイメージ、図示すると〇の形である。比は二人が並ぶ形であるが、人が二人以上(多く、たくさん)並び集まる状況も表しうる。したがって昆は「日(イメージ記号)+比(イメージ補助記号)」と解析する。多くの人が集まって丸い一団をなす情景が昆の意匠である。これによって「多く集まった仲間」を意味するkuənを表記する。