「婚」

白川静『常用字解』
「形声。音符は昏。説文は、昏夕の時刻から結婚の儀式が始まるの意味であるとする。“えんぐみ、結婚” の意味に用いる」

[考察]
形声の説明原理を持たないで会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。『説文解字』の説をそのまま用いて、昏(ゆうべ)に結婚の儀式が始まるから、結婚の意味だとしている。これで婚の説明になるだろうか。
形声の原理は言葉の深層構造から説明する原理である。字形ではなく言葉という視点に立脚する。言葉という視点から歴史的、論理的に婚の成立を考えてみよう。
婚姻制度は時代とともに変遷するが、男と女が結ばれることである事実は変わらない。昔は互いに知らない男女が一緒になるのが普通であった。見知らぬ者どうしの結合というのが結婚に対する印象あるいは観念であろう。
周代初期の文献である『詩経』では結婚という行為を昏(huən)と呼び、次のように使われている。
①原文:宴爾新昏 如兄如弟
 訓読:爾の新昏を宴(たのし)み 兄の如く弟の如し
 翻訳:お前は新婚を楽しんで 兄弟のようなむつまじさ――『詩経』邶風・谷風
昏は結婚の意味であるが、上の場合は妻の意味になっている。『詩経』では昏姻という熟語も使われている。昏は次のような使い方もある。
②原文:民多利器、國家滋昏。
 訓読:民利器多くして、国家滋(ますま)す昏(くら)し。
 翻訳:民に便利な道具が多いと、国はますます暗くなる――『老子』第五十七章
この昏は暗いという意味で使われている。『詩経』では昏を夕暮れという意味でも使っている。夕暮れと暗いは関係があることはすぐ分かるが、①の結婚の意味はこれらとどうつながっているのか。これを解く鍵はコアイメージである。
王引之(近世中国の文献学者)は「昏は泯没(隠れて見えなくなる)なり」と語源を説いている。「姿が見えなくなる」と「暗くて見えなくなる」はつながりがある。藤堂明保は民のグループ(眠・泯・罠など)のほかに、門・文・没・勿・未・微なども同源の単語家族とし、「小さい・よく見えない・微妙な」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。
暗くて姿が見えなくなることを古典漢語ではhuənといった。具体的文脈では「夕暮れ」「暗い」という意味に使われる。他方では①のような結婚という意味にも使われた。これはなぜか。「暗くて見えない」という知覚的イメージはは「よく分からない」という心理的なイメージにも転化する。上で述べたように、互いに見知らぬ者どうしが結ばれるということが結婚に対するイメージである。ここにも「よく分からない」というイメージがある。かくて見知らぬ男女が結ばれる(結婚する)という意味が生まれたのである。
婚は昏に女を添えて①の意味に限定した字である。ここから字源の話になる。
婚は「昏(音・イメージ記号)+女(限定符号)」と解析する。昏は「氏+日」に見えるが、実は氏は民の変形である(『説文解字』の一説にある)。だから「民(音・イメージ記号)+日(限定符号)」と分析できる。民については該項で詳説するが、結論だけを述べると、「(目が)見えない」というコアイメージがある。昏は日が沈んで見えなくなる状況を設定した図形で、「暗い」と「夕暮れ」を暗示させる。この語の根底には「暗くて見えない」というコアイメージがある。かくて上記の通り「暗くて見えない」→「よく分からない」とイメージが転じ、よく知らない男女が結ばれる(結婚する)という意味をもつhuənを婚で表記する。