「混」

白川静『常用字解』
「形声。音符は昆。昆は昆虫の形。昆虫は小さな虫で、群れ集まって混雑していることが多いから、混は“まじる” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。昆(昆虫)→群れ集まって混雑している→まじると意味を展開させる。水の説明がない。
昆を昆虫の図形と見るのも問題である。603「昆」で述べたように、多くの人の集まり、多く集まった仲間という意味であり、昆虫の昆もこの意味である。kuən(昆)という言葉には「丸く一団をなす」というコアイメージがある。このイメージが混にもつながっている。
混は古典に次のような用例がある。
①原文:有物混成、先天地生。
 訓読:物有りて混成す、天地に先だちて生ず。
 翻訳:混沌として成った物があった。天地よりも前に生まれた――『老子』第二十五章
②原文:此三者不可致詰、故混而爲一。
 訓読:此の三者は致詰すべからず、故に混じて一と為す。
 翻訳:この三つは別々に突き詰めることはできない。混じり合って一つになっているからだ――『老子』第十四章

①は混沌としたもの(無秩序なもの、カオス)という意味、②はいろいろなものが混じり合うという意味で使われている。これを古典漢語ではɦuən(呉音ではゴン、漢音ではコン)という。これを代替する視覚記号が混である。
混は「昆(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。昆は「丸い一団をなす」というイメージがある(603「昆」を見よ)。混は水の中にいろいろなものが集まって一団になり、全体がまだ分かれていない状態(無秩序な状態)を暗示させる図形。この意匠によって、宇宙の最初の状態であったと想像されたもの、つまり混沌(カオス)を意味するɦuənを表記する。中国神話では渾敦(混沌)という怪物で表象される。老子の哲学では混の一語で表し、宇宙の始原であり根源である道(タオ)と同一視される。
②の意味(混合・混雑の混)は未分化の無秩序な状態(①の意味)からの派生義である。また、全体が一つになっていて分かれていない、ごちゃごちゃで区別がつかないという意味(混同・混迷の混)にも展開する。